花と私とエネルギー


私が感じたことをメモ書きするスピリチュアル日記です。
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85%


しつこいですけど、「30日間で理想のパートナーを見つける法」のワークについての話です。

この本に書いてあるワークは本当に潜在意識にあるいろいろなことに気づかせてくれるのでとても役立っています。

とはいえ、一応目的は「理想のパートナーを見つける」なわけです。

この本の29日めのワークの中で、「にせものにだまされるな!」というような警告があります。つまりどういうことかというと、この本のワークを全部終わると、大体すぐに理想のパートナーに出会うわけですが、どういうわけか一番最初に出会うのは85%理想のパートナーで、100%の理想のパートナーではない、ということなのです。
なので、85%に気を取られていると100%に気づかないから気をつけろ!と書かれています。

・・・ふーん。
てか、85%なのか100%なのか、わからなそうっ!
もし「こいつは85%だな。」と思ったのが100%の方だったら!

とか思ってドキドキしていたわけです。

そして、そんなことも忘れるくらい誰にも出会わないまま時だけがいたずらに過ぎ・・・。

先日、「もしかしてこの人?それともこの人・・・と思うけど一人目だから85%!?」と思う人が少し出現しました。

どっちどっちどっち!?

と思って攻めきれずにいましたが、なんと!!
85%の方でした。

あぶねーぜ!

でも、85%が出現したってことは・・・。
アノ本のワークはうまくいっているのでは!?

もう少し待てば100%、、、いや120%完璧に理想のパートナーが現れるに相違ない。

家宝は寝て待て。

しばし、待つとしよう(微笑)
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# by mamemai | 2010-08-12 21:26 | もわわん

メンタルヘルスとフェイシャルリフレクソロジー


このところ毎日毎日うつ病とかについて勉強しています。。。しあわせ!

とはいえ、うつ病というのは、ストレスが原因の病気の中のひとつに過ぎず、最近はこれが「どメジャー」なだけで、身近な病気もストレスが原因であることもあるのだなぁということを知りました。
・・・ま、知ってましたけど。みんなも知ってるってことを知りました(笑)

本によると、ストレスに感じることが発生すると、脳の大脳皮質でその程度が評価され、そして大脳辺縁系に伝わり、大脳辺縁系の神経細胞が刺激されるとその刺激は視床下部にも伝わり、自律神経系、内分泌系、免疫系の反応を引き起こすとのこと・・・。

・・・。

自律神経系、内分泌系、免疫系・・・。

脳・・・。

大脳皮質・・・。大脳辺縁系・・・。

これはつまり、フェイシャルリフレクソロジーがとってもこのストレスの解消に効果的ってことにも聞こえてきました。

フェイシャルリフレクソロジーは、クライアントが一番偏って使いがち、負担をかけがちな経絡を見つけてそこに働きかけることにより、全体のバランスを取り戻すセラピーですよね。
全体のバランスを取り戻す、ということで、免疫力アップとも言われています。
もちろん、内分泌に働きかけていますし、なんといっても自律神経系のバランスも取り戻すのにも良い。
かつ、経絡以外にも脳神経にも働きかけて偏りを解消しているわけですから・・・。
道理でリラックスするわけやな〜。そして、セラピーを受けた後は、イライラがなくなったり、平穏な気持ちでしばらく過ごせたなんて人がいるわけですね。

まー、フェイシャルリフレクソロジー以外の他のセラピーでも、自律神経系や内分泌系、免疫系に働きかけるものもたくさんあるのでしょうが、フェイシャルリフレクソロジーもやっぱり使えるセラピーなのだなぁ、と改めて感心いたしました(^^

フェイシャルリフレクソロジーを定期的に(大体1ヶ月に1回くらい)受けるようになって1年経ちましたが、ぷりぷり度アップなどの美容的な反応以外にも、考え方に柔軟性が出て来たのかなぁとも振り返ってみると思いました。
やわらか頭ってやつですね。

いろいろなことの結果なので、フェイシャルリフレクソロジーだけのせいではないと思いますが、1年前よりももっと幸せになっていることは確実です。
何かのサポートにはなっていそうですね。

このままもっと続けて、ぷりぷりハッピーをさらに高めていってみたいと思います。
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# by mamemai | 2010-08-08 23:22 | エネルギーワーク

失うことへの恐れ


最近ハマっているビジョン心理学のチャック・スペザーノの理論だと(「チャック・スペザーノ博士の『幸せな子ども時代を取りもどすのに、遅すぎることはない』」 などに書いてある三角形の成長模型)、自立(真実ではない男性性)の段階の次にくるのは「パートナーシップ」の段階だそうです。
ちなみに一番最初は「依存(真実ではない女性性)」の段階です。

私はこの「パートナーシップ」の段階に入ることから、たいそう長い間逃げ続けてきたのではないか、と思い始めています。
というのも、先般紹介した「30日間で理想のパートナーを見つける法」の中に書かれているさまざまなワークを実践していると、どうもそうとしか思えなくなってきたのです。

私はもうずいぶん長いこと、「ひとり」でいることを尊重してきたのですが、一方でそのことでいろいろ悩んだりもしていました。葛藤はあったわけですね。
「ひとり」を尊重していた大きな理由として、自分がわかっていたのは、「自分の自由を奪われるのではないか」という恐れがあるということでした。

なので、パートナーシップの段階に進むにあたり(進むと決めたので)、その恐れを地味に取り除いていたわけですね。すると・・・、なんとその恐れはカムフラージュ、というか、スペザーノ的な見方でいえば、「成長させないための自分で作った理由」で、その恐れ自体の本気度はあまり高くないことがわかってきました。

で、その恐れの下にねっとりがっちりばっちりべったりくっついていたのが、「失うことへの恐れ」でした。以前にも何回か取り除いたことはありますが、結構深くまで入り込んでました。

まー、とにかく「失うこと」を強く恐れていたので、誰とも親密にならないようにしていたのでした。私の中に「親密になればなるほど失うときに痛い目みる」という考えが染み付いていたからです。

でもスペザーノ的に言えば、そんなのは「全部ウソ」です。「成長しないためのとってつけた言い訳」にすぎない、ということらしいので、ブレイブリーにこの「失うことへの恐れ」を捨ててみました。いつものぶん投げ、背負い投げ、一本背負い式ですね。
すると、「失う」なんてことはないっていう理解がスルリとどこかから降りてきて、誰かともっと親密になっていきたいという気持ちになってきました。

「失うことへの恐れ」といえば、経絡でいうと「肺・大腸経」が乱れているときに出る感情だったりしますが、だから大人になってからは便秘症だったのかしら。。。原因不明の喘息になっちゃったこともあるし。第一、喉がすぐ枯れちゃうし。

でも捨てたからもうだいじょうぶかな・・・。残骸が残っていないかよく見回らないと!

ということで、このスペザーノ式の「・・・というのは全部ウソ」とか、「・・・というのは単なる言い訳」っていうのは結構使えます(笑)
ネガっぽいことが頭をよぎったら、大体全ての事柄の末尾にこのふたつをつけるといいと思います。
サロンのブログで今度このことについてもうちょっと書いてみようかな〜。ブツブツ・・・。

そんな感じです。
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# by mamemai | 2010-08-07 22:07 | スピリチュアルな考え事

MOTHER


以前にも書いたかもしれませんが、今年になってから霊能者のQちゃんに「あなたはオカンになる人」と予言されました。

パートナーも今のところいないし、オカンになるような可能性・・・ナス。

だったわけですが、ここにきて突然、「オカンになる人」の意味がわかりました。

最近、霊的な原則とか、自分の世界を自分で創り上げていることとか、そういうことをちょこっとアドバイスというか教えてあげる機会があったのですが、恐れや失望などなどから拒否反応を起こす人が結構います。

まずは、否定する、ってやつですね。

相手が恐れから言っていることだとわかっているので、黙って聞いていますが、静かに観察していると、相手は私を攻撃しているようで、実は自分を攻撃していることがわかってきました。

今までは、「言われたら言い返す」で必ずといっていいほどパワーゲームになって、勝った負けたで終わったのですが、言い返さない素養を身につけたら、意外なことがわかってきたというわけです。

こんな風にできるようになった理由のひとつには、「恐れ」から出てくるもののパターンにどんなものがあるのか知ることができたからです。

何かしらの恐れがあると、大体攻撃するか、失望するか、無気力なるか、聞こえないふりするなどなど、表現方法が異なるだけで、一旦拒否反応を示して、目の前に差し出されたものを受け取らないようにします。

で、ほっとくと、あとでそっと取りに来たり、あるいは、そのまま何ヶ月何年もの間ずーっと無視し続けたりする場合もあります。

こんなパターンがわかってきたので、では私はどうしたらよいのか、とふと考えました。

これまでは、どちらかというと相手と同じ土俵にたってがっぷりよつに戦って、打ち負かすことによってこちらに来てもらう(強制サレンダー!?)だったわけですが、結局それも私自身の中の恐れが原因だったわけです。
その恐れがなくなってくると、「同じ土俵でがっぷりよつ」だとダメな気がしてきました。

もっと大きな目で見守ってあげる姿勢が大事なのでは・・・と。
そして、どんな恐れの行為も受け入れてあげる素養が求められているのでは・・・と。

つまりそれは、「霊的な母」ではないのか、と思ったわけです。

「オカンになる」という声が頭の中に急に響き、「あー、そういう意味だったのか」となんだか急に納得。

もちろん、現実生活でも母になるように勤しみますが、いただいたあの言葉にはいろいろな次元での意味があったのかなぁと思う今日この頃です。

霊的な母、女神でいうとマザーマリア・・・かしら!?
に変容するよう、がんばりふ。
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# by mamemai | 2010-07-31 14:17 | スピリチュアルな考え事

ストレスの可能性


私にとって、今月は精神的なストレスがない1ヶ月でした。

大体1週間程度ののんびりする旅行に行った後にはお肌がプリップリになるんです。
今月は、もちろんハワイには行きましたが、ハワイの夏の日差しを舐めていたためガングロになってしまい、環境ストレスという面ではすごかったと思われます。

にも関わらず、フェイシャルリフレクをいつもやってもらっているQちゃんが開口一番「肌に透明感があるね〜」と。

自分でもそうは思っていましたけど、やっぱり端から見てもそう見えるようで、これはやはり、ストレスなく、ホゲッと過ごしていた賜物ではないかと思われ。

あとは、化粧しなかったからかな。いつももしてるっていうほどはしてませんけど、それにもまして、スでいることが多かったので(ハワイでは眉毛しか書かなかったし)それも良かったのかもしれません。


日焼けするとシミができるとか、毛穴はポアレス美容液で縮むとか、たるみにはマッサージとか、いろいろなことを言われますが、結局はストレスをうまく解消できて、体の状態がよろしくなると自然と美しくなれるってことなのね!と実感。

フェイシャルリフレクの創始者ロネも、「上からいくら塗っても無駄。体の中から美しくならなければ解決しない。」と言っていましたが、本当にそうですね。

体を含めた私たちのエネルギーは、それ自体で自然と浄化していく力を持っているので、ほっておくとこのように(私のように)ぷりぷりしてくるのだと思います。
しかし、日常的には、浄化と負荷とのバランスが崩れているため、毛穴がバッコリ開ききってしまったり、お肌がだる〜んと下に下がったり、シミができたりしてしまう。なので、自然の浄化作用を促進するような、フェイシャルリフレクとか、ニューロフットとかもそうですし、アロマトリートメントなんかもそうかもしれませんが、そういうものを受けるとぷりぷりしてくるのでしょう。

みんながこういう健やかで穏やかな状態になれるようにお手伝いできたらいいなぁと思う今日この頃です。
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# by mamemai | 2010-07-27 11:42 | もわわん

直感能力者が伝える人生の真実

あ〜。夢のような日々がまもなく終わろうとしている・・・。かなピーのぅ。

来月から新しい職につくので、7月はなんと1ヶ月ほとんど有給を使ってお休みしているんです!
働かず、毎日起きたい時におき、寝たい時に寝て、食べたいときに食べて、気ままにぶらっとどこかへでかけたり・・・。
かつ、収入は入ってくる訳ですから、言うことなしですね。

こんな生活、、いいな〜。
もう2、3年こういう生活したいもんだね。(年かよ!)

「毎日特にやることがないって本当にいいわ〜。まったく緊張感がなくて。」と、リタイアした母がよく言っていましたが、確かにそうだな!と私も実感しました。
リタイアした訳ではありませんが、結構長い間、入院などではなく、健康なのに働かないで良い状態になって、まず実感したのが、「自分は毎日緊張していたんだ」ということでした。

人間関係のいざこざ、仕事をきちんとできるかどうか、とかそんな緊張ではなく、「毎日、健康状態を保っていなければ」という緊張で気を張っていたことを発見したんです。

明日からしばらく休みなんだ〜、と思ったとき、「ああ、もういつ風邪をひいても、具合が悪くなって起きられなくなっても大丈夫だ〜」と思った自分がいたんです。

よく定年を迎えたあと、バタッと病気になる人がいるらしいですが、やっぱりこういう緊張感から解放されて体が急にガクっと緩んで病気になるんでしょうね。

私の場合は、実際には病気にはなりませんで、逆に、ムクムクとパワーが・・・。元気すぎて困るくらいです。やることないのに持て余してしまって。
結局は、リラックスしている方がパワーが出るっていうことのようですね。
この調子で社会復帰したあともできればいいですが、今時点で早くも体が緊張してきているのを感じており。

とはいえ、ある程度「締まる」ということは大事なので、締まったり緩んだりをうまく行えるからだとメンタルを創れたらな〜と思います。

話は少し変わりますが、この休みに入る少し前に、第6チャクラを自分のものにできていないな〜と感じることがありました。
左目が痛くて痛くて、とはいえ、腫れているわけでも、結膜炎でも、ものもらいでもなく・・・。どうしちゃったんだろうな〜と思いつつ、様子を見ていました。
でも、なかなか治らずいたとき、ふと、第6チャクラを見てみると、びっくりするぐらい不当化のエネルギーがくっついていました。
私の透視能力を自分で否定するエネルギーでした。
確かにそのころ、天然の霊能者の人に会う機会が何回かあり、私なんて私なんて天然の人みたいには見えないし・・・。などと思っていたら、べっとりそのエネルギーがくっついてしまったようです。
丁寧にそのエネルギーを取り除きヒーリングすると、左目の痛みは不思議と治ってしまいました。

痛みは治ったものの、自分のふがいなさにガックリして、第6チャクラを自分のものとしてちゃんと所有するためのフラワーエッセンスを作り飲み始めました。
おもしろいことに選ばれたエッセンスは、過去世や家系などのカルマ的傷を癒すものが多かったです。

エッセンスを飲みはじめてしばらくした頃、前々から気になっていたコレットの本を読んでみようかな〜(休みでヒマだし)という気持ちになり、早速読んでみました。

f0017070_12153947.jpg「直感能力者が伝える人生の真実」という本です。

この本は、案外おもしろかったです。コレットのラジオを聞いたことがある人は、コレット自体がおもしろい人だとわかると思うのですが、語り口がスピリチュアルっぽくなく受け入れやすかったです。
でも、書いてあることは実践的な事柄も多く、「直感能力者」というだけあり、透視能力をどのように開発していくか、また、自分がどのように透視能力に対する信頼を成長させていったかも書かれておりとても参考になりました。
やっぱり、透視、透聴など、これまで使って来なかった能力は徐々に成長していくものでもあり、焦らずじっくり練習を続けていこうと思えました。筋肉と同じで一昼夜にしてマッチョにはなれないということです。

この本を読んだり、エッセンスを飲んだりしていて、ふと思ったのですが、「見えてない世界」があるな、と。
「見えてない世界」はない、と教わってきた・・・というか、「見えてるものだけ見ろ」と私たちの多くは教わってきたので「見えないところを見る」癖がついていないんですよね。
でも、そこには何かあって、それを知る力、見る力、使う力は私たちはしっかり持っている、なんかふとそんな気がしました。

子どもの頃から何十年も、見えるものを見る特訓をしてきたので、そろそろ次は見えないものを見る特訓を開始しようかな〜とそんな気分です。
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# by mamemai | 2010-07-23 12:22 | BOOKS

さて、何が起こったかというと・・・


前回更新の日付をみると、屋久島から帰って1ヶ月くらい経ってしまったのか。

この間更新を控えていたのは(サボっていたのもある)、結論が出てから書いた方がより面白かろう、と思うことが起こっていたからなわけで。

振り返ると、屋久島に行く前の記事では、何かの変わり目であることをなんだか自分でも感じていたことはわかります。
そしてフラワーエッセンスを久々に飲み始めて、「手にしたもの全てを捨てて、自分の本当の望みを知る」ように動き始めたわけです。

エッセンスボトルを片手に折しも新月の日に屋久島へ行き、澄みきったエネルギーの中で一応新月へ念を飛ばし、奥岳のハイパワーピラミッド群の中で一応瞑想し、屋久島の山、海などの神々の地を巡り、白谷雲水峡トレッキングでは、一人で道を進むということのパワーを取り戻し、やれやれ楽しかったな〜・・・

と、屋久島で迎えた新月からの満月に向かっている中、突然古い友人からの連絡が・・・。

そして、なぜか天王星が移動し満月であるというパワフルな日に、私の長年の望みを叶えてくれるようなオファーがやってきたのでした。

簡単にいうと、転職ですね。

私はこういうスピリチュアルな勉強やら、フェイシャルリフレクソロジーやらいろいろやってきて、こういう今まで学んで来たことを活かせるような職につきたい、と思っていたのですが、現職は全く関係ない職種でした。

自分でヒーリングサロンもやるようになってからは、現職では学んできたことを仕事として活かすことはできないだろう(テクニックとしては使ってましたけど)と思ってあきらめていたので、すっかり仕事で活かそうなんてことを思うこともなくなっていました。

ところが、友人がひょっこり持ってきた話は、私が公私でこれまで学んで来たこと全てを最大限活かして行えるような仕事でした。
全くもって不思議なのは、その古い友人とは、最近はほとんど連絡もとっていなくて、最後に会ったのも誰かの結婚式程度で、ちょこっとたわいない世間話くらいしかしていなかったのに、この仕事の空きが出たときに「おまえが頭に浮かんだ」と言ったことでした。

ましてや、連絡してきたときには、私がヒーリングをやっていることもすっかり忘れていたそうで、ヒーリングをやっていることを再度知ってますますピッタリの仕事だから是非来てくれ、ということになったという・・・。

引き寄せちまったな。こりゃ。

手に入るときは、全く予想もしなかったところからやってくる、というのは本当ですね。自分ではよもや思いつきもしない経路でやってきて、かつ、思いつきもしない仕事でした。

給料もほぼ希望どおりの金額でとおり、何の困難もなく、さらっと決まってしまいました。

あまりにも望んでいたこと過ぎて、そしてあまりにも簡単に手に入りすぎて、恐ろしくて受け取るのを止めようかと何度か迷ってしまったほどです。

レバナ先生が、「自分で望んでいたものがいざ目の前に現れたときに、それが自分が望んでいたものだと気づかないで通り過ぎてしまうこともあれば、気づいても受け取らないことがある」と言っていましたが、まさにその現象になるところでした。

カフェでコーヒーを注文して、出て来たコーヒーを受け取らない人はいないのに、エネルギーの世界だと同じことをしても急に恐ろしくなって受け取ろうとしないなんて。オーラの中にある何かの画像のせいだな、と思いました。この際それも取り除いて、欲しかったものは素直に頂戴することにしました。

この先どんなことになるのか、ワクワクしますが、一方で今回は少し武者震いもしてます。
まー、とにかく全力でがんばるしかないね。
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# by mamemai | 2010-06-19 14:28 | スピリチュアルな考え事

アイデンティティの喪失


屋久島から戻って来るときに、羽田から電車に揺られていると、平日だったのでたくさんの会社帰りの女性たちを見かけました。

私はといえば、でっかいトレッキング用のリュックと、でっかいトートバッグ、雨もしのげるジャンパー、ジーンズ、ほとんどノーメイクといった状態でした。

女性たちはといえば、オシャレな装いでみんなiPodかiPhoneをいじってました。

前まではなんとも思わない光景でしたが、屋久島での剥き出しの着飾らない生活から戻ってみると、彼女たちのオシャレが過剰なものであるように感じました。

やりすぎて自分が見えなくなっている

そう思いました。

でも、こうやって人がうじゃうじゃいる中では、これぐらいやらないと自分を見失ってしまう、埋没してしまうような恐れを感じて、1個、また1個と足していってこんなになってしまったのかなぁと思ったり。

「私はここにいる!」という叫びが聞こえてきそうでした。

何をやったとか、どんな実績を残したとか、どこの会社だとか、どこの大学だとか、そんなこんなを個人を見分けるための手がかりにしている場所では、自分と誰かの違いを見つけることは難しい。
誰も自分を見つけてくれない、いなくても誰も気づかない、、、なんて思ってしまう。

のではなかろうか。

自然の中では「自分」だけが全て。傲慢な意味じゃなくて。
飾ることも無意味だと思うし、主張することも、引っ込むこともできない。
ただ居る、ここに居る、そこに居る、そういう事実、それが全て。

認めるも認めないも、許すも許さないも、居る。ただそれが全て。

そうやって、自分の中のある種の生命力、生命の力強さ、美しさを体験してしまうと、都会にいてもアイデンティティを喪失することはなさそうだ。
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# by mamemai | 2010-05-21 22:33 | もわわん

やっぱり何かの変わり目だね。


昨年ハワイ島、マウナラニへ行ったことはやはり重要な意味をもっていたようだな!
4つの天然ピラミッドに囲まれた母なる海にちゃっぷんと浸かり、海の向こうへ落ちていく太陽を見ていたことには、やっぱり何か重要な意味があったようだな!

って、それが何かは詳しくはわかりませんが、やっぱり私の中で何かが終わろうとしていて、そして何かが始まろうとしているようです。

この切り替えの時期に衝動としてよく起こってくるのが、「とにかく捨てたい」という気持ち。物質的にいらないものもどんどん捨ててしまいますし、「心持ち」なんかも「不要」と判断されるものがどんどん出て来て、どんどん捨てられてしまいます。

そんな中・・・

ひっさしぶりに「フラワーエッセンス飲みたい」と思いました。
こんな風に思うなんて、相当、何かの浄化が進んでいるのでしょう。

しかも、テーマが・・・パッとひらめいたのですが

「手にしたもの全てを捨てて、自分の本当の望みを知る」

ってどんだけだよ!全て捨てんなよ!と自己ツッコミ入れつつ、全部捨てることにしました。気持ち的にですよ。
物質的に捨てても、捨てられないのが気持ちなわけで、気持ち的にエネルギーを捨てることができれば、あとはどうとでもなるんです。

こんなテーマでエッセンスを選んでみると(マウントフジね)、

ネジキ(隔離)
ノハラクサフジ(集団の中での自立)
アカツメクサ(安定)
ツリガネニンジン(祈り)
フキノトウ(芽生え)
スピリッツ(触媒)

ん〜。やっぱり。フキノトウね。
何か始まるときといえば、フキノトウですからね。
そしてツリガネニンジンは何か終わらせるときね。。。
あとは、他のエネルギーによって自分がぶれないようにするって感じのものですね。

まーしばらく飲んでみますわ。
屋久島でこれ飲んで瞑想しよっ。
わくわく〜。
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# by mamemai | 2010-05-08 18:22 | フラワーエッセンス

また難しいこと考えちゃった


私がエネルギーワークを勉強したクリアサイトでは、「自分のオーラの中に自分以外のエネルギーを入れてはいけない」と教えられました。
自分以外のエネルギーが自分のオーラに入っていると、そのエネルギーに左右されてしまったり、自分の本当に望むことができなかったりするからです。

でも最近ふと、本当に「自分のオーラに自分以外のエネルギーを入れてはいけない」のだろうか、と思いました。
入れてても入れてなくても人は幸せに生きていることもあるし、別にどっちでもいいのではないか、と思ってしまいました。
ただ、ある段階にくると、自分のエネルギーと違和感を醸し出す自分以外のエネルギーを不愉快に感じるようになり、それを自分のオーラから取り除きたいという欲求が生まれたりするので、そういうときにはとっていけばいいのかなぁと。

だから、全く自分以外のエネルギーを入れないように躍起になる必要はなく、入れたくなければ入れない、受け入れていることさえ気づかなければ受け入れててもよい、なんていう感じ。

自分のオーラが自分のエネルギーだけの場合と、自分以外のエネルギーも混在している場合とで何が違うのか、と考えてみました。
要するに、「純度が違う」ということですよね。

鉱物に例えて考えてみました。
鉱物は元素が規則正しく並んでそれぞれの結晶構造を持っています。
いろいろな鉱物では結晶構造や結晶を構成している元素が鉱物の種類ごとに異なりますよね。
そんで、その違いによって、やれ、これはガーネットだ、これはエメラルドだ、などと我々が呼んでいるわけです。
だけど、ガーネットは良いがエメラルドはダメ、とかはないですよね。
それぞれ美しいわけです。
ダイヤモンドは人気ですが、だからといってダイヤモンドが一番良いというのはひとつの価値観で、絶対的な指標ではないですよね。

とすると、我々も、ある人のオーラには父さん/母さん/だんなさん、と自分のエネルギーがミックスされた状態で「その人」だったり、ある人は「飼い犬」と自分と先祖だったりと、そういう風にいろいろあって当たり前と考えられるなぁと思いました。
で、私たち透視リーダーのように自分のエネルギーだけにしようと日夜試みていて、もしそうなった人がいたとしたら、その状態は単一元素によって創られた鉱物のような感じなのかぁと。あんまりない、という。稀少。

で、こういう多種多様性があることが、エントロピー最大にならないように動き続けている働きであり、全てが単一で決まった構造になっていたら、あっという間に生命体としての地球やワンネスは死を迎えてしまうのかなぁと思いました。この場合、死とはエントロピー最大になって、変化しなくなる、という状態を言っていますけど。

だから熟成されたり、ある種錬金術的な刺激が起こると鉱物も育っていき、別の名のつく鉱物になったりするように、私たち自身もそんな感じで急に単一元素な感じになったり、まざったりするのかなと思いました。

んなわけで、やっぱり私は「魂の学び」というような表現は好きではなく、単なる変化であると思うわけで、「魂の変化」のためにここにいる、さらにいうと「エントロピー最大にならないためのひとつの要素としてここにいる」ということなのだと思います。

「自由意志」というように、私たち全てのものを構成しているエネルギーはある種の「意志」をもって動いているもので、そうであるからこそ、私たちの体も生きていて、地球も生きている、のだと思います。要するにランダムで予測不可能な動きが続いているからです。
ですが、大→小という動き、マクロからミクロへの働きかけも当然あるように思います、例えば、とある細胞は細胞のキモチとしてはすくすく自分の意志であっちに行こうとかこっちに行こうとかやってますが、マクロからみると、脳というハイアーセルフが指令を出しているわけです。好き勝手やっているようで、間違ったところへ行くと引き戻されますし。そして最終的には細胞がどう思っていようと、破壊されます。
私たちの大きさに合わせて考えると、私たち自身も自分の意志として、あーしようとかこーしようとか好き勝手やれるわけですが、細胞からみたら私たちの脳にあたるような部分から「あなた終わり」という指令がきたら死ぬわけですね。これを私たちは「寿命」と呼んでいるのかなぁと思ったり。
地球の大きさになって考えてみても、あっち噴火しようとか、こっち雨ふらせよう、とかもしかしたら自由気ままにやっているかもしれなくて、でももっと大きなところからの指令で「あんた終わり」というのが来たら、星として終了するのかもしれません。爆発するとか言われてますけど。

ということで、なんであろうとやっぱり自分が気持ちよくて、楽しい感じであれば良い、自分が満足している状態ならオーラに自分以外のエネルギーが入っていようがなんだろうが、別に悪いとか間違いではないのではないか、とふと思いました。

ふと思ったにしてはコムズカシイですが、昼寝しながらなんとなく思ったのでした。
(秘技 寝ながら考える手法)
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# by mamemai | 2010-04-29 18:00 | スピリチュアルな考え事