花と私とエネルギー


私が感じたことをメモ書きするスピリチュアル日記です。
by mamemai
LINKS

☆エキサイト以外のリンク
mina-cle
日々是平凡なり
サンフランシスコ生活
お気に入りブログ
カテゴリ
ライフログ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

<   2010年 04月 ( 4 )   > この月の画像一覧


また難しいこと考えちゃった


私がエネルギーワークを勉強したクリアサイトでは、「自分のオーラの中に自分以外のエネルギーを入れてはいけない」と教えられました。
自分以外のエネルギーが自分のオーラに入っていると、そのエネルギーに左右されてしまったり、自分の本当に望むことができなかったりするからです。

でも最近ふと、本当に「自分のオーラに自分以外のエネルギーを入れてはいけない」のだろうか、と思いました。
入れてても入れてなくても人は幸せに生きていることもあるし、別にどっちでもいいのではないか、と思ってしまいました。
ただ、ある段階にくると、自分のエネルギーと違和感を醸し出す自分以外のエネルギーを不愉快に感じるようになり、それを自分のオーラから取り除きたいという欲求が生まれたりするので、そういうときにはとっていけばいいのかなぁと。

だから、全く自分以外のエネルギーを入れないように躍起になる必要はなく、入れたくなければ入れない、受け入れていることさえ気づかなければ受け入れててもよい、なんていう感じ。

自分のオーラが自分のエネルギーだけの場合と、自分以外のエネルギーも混在している場合とで何が違うのか、と考えてみました。
要するに、「純度が違う」ということですよね。

鉱物に例えて考えてみました。
鉱物は元素が規則正しく並んでそれぞれの結晶構造を持っています。
いろいろな鉱物では結晶構造や結晶を構成している元素が鉱物の種類ごとに異なりますよね。
そんで、その違いによって、やれ、これはガーネットだ、これはエメラルドだ、などと我々が呼んでいるわけです。
だけど、ガーネットは良いがエメラルドはダメ、とかはないですよね。
それぞれ美しいわけです。
ダイヤモンドは人気ですが、だからといってダイヤモンドが一番良いというのはひとつの価値観で、絶対的な指標ではないですよね。

とすると、我々も、ある人のオーラには父さん/母さん/だんなさん、と自分のエネルギーがミックスされた状態で「その人」だったり、ある人は「飼い犬」と自分と先祖だったりと、そういう風にいろいろあって当たり前と考えられるなぁと思いました。
で、私たち透視リーダーのように自分のエネルギーだけにしようと日夜試みていて、もしそうなった人がいたとしたら、その状態は単一元素によって創られた鉱物のような感じなのかぁと。あんまりない、という。稀少。

で、こういう多種多様性があることが、エントロピー最大にならないように動き続けている働きであり、全てが単一で決まった構造になっていたら、あっという間に生命体としての地球やワンネスは死を迎えてしまうのかなぁと思いました。この場合、死とはエントロピー最大になって、変化しなくなる、という状態を言っていますけど。

だから熟成されたり、ある種錬金術的な刺激が起こると鉱物も育っていき、別の名のつく鉱物になったりするように、私たち自身もそんな感じで急に単一元素な感じになったり、まざったりするのかなと思いました。

んなわけで、やっぱり私は「魂の学び」というような表現は好きではなく、単なる変化であると思うわけで、「魂の変化」のためにここにいる、さらにいうと「エントロピー最大にならないためのひとつの要素としてここにいる」ということなのだと思います。

「自由意志」というように、私たち全てのものを構成しているエネルギーはある種の「意志」をもって動いているもので、そうであるからこそ、私たちの体も生きていて、地球も生きている、のだと思います。要するにランダムで予測不可能な動きが続いているからです。
ですが、大→小という動き、マクロからミクロへの働きかけも当然あるように思います、例えば、とある細胞は細胞のキモチとしてはすくすく自分の意志であっちに行こうとかこっちに行こうとかやってますが、マクロからみると、脳というハイアーセルフが指令を出しているわけです。好き勝手やっているようで、間違ったところへ行くと引き戻されますし。そして最終的には細胞がどう思っていようと、破壊されます。
私たちの大きさに合わせて考えると、私たち自身も自分の意志として、あーしようとかこーしようとか好き勝手やれるわけですが、細胞からみたら私たちの脳にあたるような部分から「あなた終わり」という指令がきたら死ぬわけですね。これを私たちは「寿命」と呼んでいるのかなぁと思ったり。
地球の大きさになって考えてみても、あっち噴火しようとか、こっち雨ふらせよう、とかもしかしたら自由気ままにやっているかもしれなくて、でももっと大きなところからの指令で「あんた終わり」というのが来たら、星として終了するのかもしれません。爆発するとか言われてますけど。

ということで、なんであろうとやっぱり自分が気持ちよくて、楽しい感じであれば良い、自分が満足している状態ならオーラに自分以外のエネルギーが入っていようがなんだろうが、別に悪いとか間違いではないのではないか、とふと思いました。

ふと思ったにしてはコムズカシイですが、昼寝しながらなんとなく思ったのでした。
(秘技 寝ながら考える手法)
[PR]

by mamemai | 2010-04-29 18:00 | スピリチュアルな考え事

雑談


このところ、10年ぶりとか、そこまでいかないまでも結構数年ぶりの男性の友達に会う機会が頻発しました。

突然連絡があったり、ひょんなことで急に連絡したりと。。。
不思議です。

ひさーしぶりに会う彼らは、全く変わらず、10年という時を飛び越えて、つい先週会ったかのような自然な感じにすぐに戻れるのはステキなことですね。

あまりにも久しぶりだと、会わない間にお互いに起こった出来事を報告しているだけで2、3時間は過ぎてしまい、また会おう!と別れるものの、たぶんまた10年くらい会わないのかなぁと思ったり。

そんなこんなで先日、ほんと〜うにひょんなことで会うことになった昔の働いていた会社の同僚なのですが、当時から私と似ているところあるなと思っていましたがやっぱり似ていました。

改めて大人になって(老けて)相手を見てみると、自分も尊重し同時に相手も尊重するという気質がクリソツでした。(昭和的表現)

ややもすると、「協調性がない」と一般社会では表現されてしまうのですが、「あなたそれやりたいんだ。私はこれやりたいの。じゃ、それぞれ好きな事やろっか。」というこの態度は決して協調性がないのではなく、究極的に自由な在り方に根ざしたものであると言って欲しい!

そんなところが似ていた彼ですが、数年前に結婚したそうで。
「結婚どうよ。」と聞いてみると、「オススメしない」という返事。。。
誰か私に結婚をススメる人はいないもんかねぇ。大概「オススメしない」と言われます。

ましてや今回は「あんたにはたぶん無理。」と言われ、「やっぱり?」と聞くと「わかるでしょ。」と言われる始末。「一人がいいよ。(俺も一人がいいもん。)」と、一人でいることを強く勧められました。
どんだけだよっ!自分結婚してるくせによ〜。

ま、うすうす気づいているのでいんですけど・・・。
私のことを良く知っている人にここまではっきり「オススメしない」と断言されると参考になります。

それはさておき、久しぶりに会った彼に「あんたやっぱり頭いい」と言われ、なんだかとても嬉しかったです。「やっぱりってどーゆーことだい?」と聞くと、昔も「コイツは頭が良さそうだ」と思ってくれていたらしいのですが、”改めて”そう思ってくれたようでした。
やっと気づいたか。ワッハッハ。
私のスピリチュアル理論をクドクド説明した甲斐があった。
私にとってはよく言われる褒め言葉ですが、気心知れた人に言われると一段とうれしいものですね。


ま、頭なんて良くたって何の得にもなりませんけど。
顔が良い方が得だろうなぁ〜。
[PR]

by mamemai | 2010-04-20 22:48 | もわわん

恐れ、不安、罪悪感、競争心をひとつまみ


恐れや不安、罪悪感に、競争心。

これらは楽に生きていくのを邪魔するものとして有名で、スピリチュアルなことを学び始めると、大体すぐに「恐れを取り除こう」などという文にブチあたります。

私もこれに依存はなく、熱心にこれらを心から取り除いてきたところ、これらの気持ちを通常の生活ではあまり感じなくなってきました。

・・・するとどうなるか。

私の場合は、・・・何もしなくなりました。
何かをする必要性を感じないからですね。

裏を返すと、何かをする必要性を感じていたから今までアレコレ勉強したり、もがいたり、がんばってきたみたいです。
自分には何かが足りないとか、このままでは将来どうなるかわからないとか、アイツだけには負けたくないとか、そんな気持ちが「何か」をやらならければ解決できないのだ、という動機になりいろいろやったわけです。
でも今は、それらの気持ちがないので、動機もなし。

恐れや不安などの気持ちを動機とせず、自発的に起こってくる衝動に従い活動する。
そんな風なことが理想ですが、しかし、今の私は自発的にやりたい!と思うことがない時期のようで、そうなると人生はヒマそのもので時間をつぶすのに大変なわけですね。

まー、このまま自発的に何かのやる気が起きてくるまでじっと待っていてもいいのですが、体もなまっちゃうしな〜・・・ということで、考え出したのが、罪悪感を使うことです。

恐れとか不安、競争心っていうのは一度ある程度解決してしまうと、新たに創りだそうとしてもなかなか難しいですが、ちょっとした罪悪感くらいなら、割とすぐに出て来ます。私の場合は。

ということで、まずは体を動かしたいよねと思い、あまり必要ありませんでしたが、ヨガマットを買ってみました。
必要ないものを買うことにより生まれたプチ罪悪感。買っちゃったんだから、少しは使わないと・・・という気持ち。
うっかりすると、このささやかな気持ちも一吹きで消えてしまいそうですが、そっと燃えたたせ、「なんてことしたんだ!無駄だ!」ぐらいまで持っていき、「何かに使わなければ」という感じで、ヨガマットを使って運動する、という感じに少しなりました。

しかし、あまりにもささやかな罪悪感だったため、今にも消えそうです!

ということで、行こうとは思っているものの、まだ予定も決めてないのに、屋久島に行ったときの装備を少し揃えてみました。
これには自分も「やりすぎだろ!」と思いましたが、やはりここまでやると、何が何でも屋久島に行ってやる!という気持ちに少しなってきました。

恐れや不安、罪悪感、競争心などは邪魔なものとして取り扱われることが多いですが、時にはこういうものがあってこそ、人が何かに向かって突っ走る原動力になるのじゃないかな〜と思います。
私がここまで勉強してこれたのも、これらの気持ちがモリモリあったからで、今のようなまったりした気持ちでは決してここまで成し得なかったろうと思います。

なので、まだ日常的に恐れや不安などの気持ちに包まれている方は、それをうまく使ってみるといいと思います。

なーんて、その渦中にいるときはそんな風に思えないでしょうけれど。
[PR]

by mamemai | 2010-04-04 11:31 | スピリチュアルな考え事

まだ考えている


前回、、、といってももう結構前になっちゃいましたが、縛られるのが嫌いな自由人であると書きましたが・・・。
先日知り合いの四柱推命を勉強中の方が私を見てくれたのですが、なんと!
「自分本位」の生まれの方、、、と言われました。。。
道理で!協調性ない、とか出るわけだね!あー、生まれた質がこうなんだから、気にせず自分本位でやっていくことにしようと心に決めた今日この頃でした。


さて、相も変わらず、まだ、豊かさと格闘中です。

しかし、何も成果がないわけではなく、少しずつ、なんだか、変わってきています。何かが・・・。

まず、最近気づいたのは、私は「金(マネー)」第一主義だと自分のことを思っていましたが、どうやらそうではないようでした。口で言っている優先順位と心の優先順位が違うというのは良く言うことですが、自分もそうでした。

口では、金がなきゃ何もできねー、と言っていたものの、「お金をどれだけもらっても譲れないものがある」ということがわかってきました。

その1つは、「自分の時間」です。

どんなにお金をもらっても、それに時間を使いたくなければ絶対に使わないのが私でした。例えば、奢るからごはん行こうよ、と言われても、そんなことに私の貴重な時間をさけない、と思ったらお断りしちゃうわけですね。
どんなにステキなものをごちそうする、と言われても。

でも、さらに言えば、「気がのらない」というのがそこに時間を使いたくない理由であったりするわけですが、どうして気がのらないか、というのは「気」のみぞ知る、という感じでわかりません。ほんと、そのときの気分によるって感じです。

時間って、4次元の世界でしたっけ?とにかく、「もの」じゃないという感覚があったため、時間は自分の自由にならないもの、と思っていました。
そう思っていたせいで、私の時間は、誰かの都合で使われてしまうことが多かったように思います。自分の時間を自分のものにしていなかったわけですね。なので早速、時間の次元もしっかり自分の一部として取り入れました。

なので、何かが・・・変わって来ている気がする。
気分的なものかもしれませんけど。


なんだかまだまだ掴みきれませんが、豊かさって、自分の内側の世界がどれだけのものか、っていうことに関係しているように思います。
心象風景っていうのとはちょっと違うかもしれませんが、心の中にある森がどれだけ豊かか、ということにより、外側の目に見える世界に豊かさが反映されているような。。。
結局そうなると、豊かさも心の持ち様ってことになっちゃいますけどね・・・。それもくやしいね。

家では私が豊かさについて考え中であることは明かしていませんが、霊感及び直観が強いと思われる母は、最近なぜか豊かさについての話を私にしてきます。自分が体験した豊かさを感じたエピソードとか、いろいろ。頼んでないのに・・・。
エネルギーを無意識に読み取って、話してるのかな〜。
それともエネルギーが似すぎているため、やっぱり母も同じところにいるのかなぁ〜、とか思っちゃいました。
シンクロニシティですな。
[PR]

by mamemai | 2010-04-02 00:28 | もわわん