花と私とエネルギー


私が感じたことをメモ書きするスピリチュアル日記です。
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<   2008年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧


次なる目標


ぼやっとしてないで、次の目標を考えてください。(今から1週間以内に)

と先日プレムクリニックに行ったときに言われたので、先週いっぱいは次の目標をぼんやりと考えていました。なんとなくうっすら次の目標が思いつきました。

ささやかなる抵抗や迷いを払拭すべく、つまり自分の考えを確信に変えるために本を読んでいました。ヒントになることがあるかなぁと。


ひとつは「身体にきく」。片山洋次郎という方が書いたもので、本屋に行けば、「骨盤にきく」などと一緒に平置きされていたりする人気の本のようです。
こちらの本は主に、野口整体の言うところの体癖について書いてある本です。超ざっくりと。冒頭に自分の体癖チェックなどができるテストもあるので、多少参考になります。


もうひとつは、「病むことは力」という本です。こちらも野口整体を学んだ方の本ですが、患者さんとの対話形式みたいな感じで、「野口先生ってすごいよね!」「自分を知るって大事だね!」というようなことが書かれている本です。ざっくり言うと。

結局私が何を確認したかって、「体がどんだけのもんじゃい!」ということ。
体をいじることで、どんなことができるのだろう、ということを知りたかったのでした。
いろいろなボディワークがありますが、野口整体関係のボディワークで言わんとしていることは、「自分を知り、自分を活かす」ということのようです。そのためには、自分の体の状態を自分にとって自然な形に戻していくことで、自ずとそうなる、というようなことでした。

これって、先日パーソナルカラーで習ったのと同じことです。
フォーシーズンのうち、自分がどれなのかを知り、そしてそれを活かすことにより自分が自分としてより輝くんです。


自分を知り自分に戻る、そしてそれをグングン輝かせていく、最大限活かす

オーラヒーリングやオーラリーディングでそれができるかなって考えていました。
あとフラワーエッセンスでも。

もちろん、できる。

だけど、現実からちょっと遠くなっちゃう感じがするんだよなぁ。

空気のような、夢のようなものを、どうやってリアルに受け止めてもらうか、

そこが課題です。
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by mamemai | 2008-07-22 15:51 | もわわん

終わりと始まり


古いものにサヨナラして、新しいものを向かえ入れる。
どうやら私にとって6月は、これまで慣れ親しんできたものとの最後のいとまごいのタイミングだったようで・・・。
本当はもっと前から感じていた終わりを、見てみぬふりをしてやってきたけれど、どうやら、「mamemaiよ。もう本当にここがギリギリだから。これ以上はつれていけないよ。」ということだったらしい。

それでも粘って無視し続けていたので、あげくの果てには体を壊し、放心してサレンダーするしかなくなったわけでした。

ということで、スピリチュアル的にも肉体的にも、ほぼ完全に新しい方向へ向いている私ですが、感情と思考レベルではまだ名残惜しさと現実を受け容れられない気持ちがやや残っていたりします。

いろいろなことが終わった6月ですが、代表的なものの1つに、フラがあります。

踊ることが楽しくて、今でもまだ踊りたいっ!
でも、深い部分で何かが変わってしまって、気持ちの上では踊りたいですが、踊る気になれないんです。どっちも気の問題ですけど。
ということで、6月いっぱいで辞めてしまいました。。。また時が経てば、やれるかもしれないし。とにかく今は違う風が吹いているようなので一旦辞めました。

そんなこんなの6月の終了を過ぎて、7月まだモジモジしている気持ちをポエムってみました。


野口整体には、1~12種までの体癖というのがあるのですが、私が自分で思う自分の体癖からすると、ポエムなどを使ってもやもやした感情を文字としてまとめた方が良いタイプのようでした。プレムクリニックの先生にも、「詩とか書いた方がいいですよ」とか言われたことがありましたが、先生も体癖を見てそう思ったのでしょうか。それとも、私の生まれ日が「感傷的なロマンチスト」という日だったからでしょうか。
いずれにせよ、ポエムや短歌など、短い言葉に感情を凝縮させて出すのが向いているみたいですね。

それにしても、私のポエムは暗いのが多いです。。。本人がいつもどっぷり暗いから・・・というわけでもなく、ポエムを書くときは割りと明るい気持ちの時が多いです。しいていえば、振り返り型、かな。

かつてアーティストとつきあっていたときに、「幸せすぎると創作意欲がわかない」といった理由でフラれたことがありましたが、私も少々ダークな方がポエムりやすいのかしら。。。しかし、今から思うと「幸せすぎると創作意欲がわかない」なんていうのは単なるカッコつけで、単にもう好きじゃなかったっていうことでしょうね。

いろいろな先生や、みなさんがブログで紹介している詩は希望が持てるような美しい詩が多いので、自分もそのような希望のある詩をいつか書けるようになるかなぁと思ったり。
でも、感じていることしかかけないから、たぶん「希望」じゃなくて、その感覚が現実味を帯びてきて自分に身近なものになってきたら、勇気のあるような詩が書けるのでしょうね。

もう少し時間が必要かな。ハートが発酵するまでは。
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by mamemai | 2008-07-15 17:27 | もわわん

スピリチュアル英語レッスン


最近外国へ行くことが多かったのですが、自分が全然英語がしゃべれないことにビックリたまげました。

中・高校と英語を勉強し、英語受験で大学に入りましたし、大学では、最初はドイツ語を履修しましたが、もう1個やらなきゃいけなかったので、そちらは英語にした・・・はずなのにっ!

でも、聞く方はまだわかるんです。レバナ先生がしゃべっているのも、先生がノリノリで早くしゃべっているとき以外は大体わかります。しかし、いざ自分がしゃべろうとすると、文にならないんだな~。外国でも、日本語だか英語だかわからないオリジナルミックス言語でなんとか話していましたが、時代はインターナショナルなわけだし、もう少ししゃべれるようになりたいよね・・・、ということで、ささやかながらも英語にもう少し近づいてみることにしました。

とはいえ、gabaに通うとかそういうお金も時間も私には持ち合わせてないので、無料でできることから始めました。
会社の同僚が「英語に慣れるために、英語のラジオを頻繁に聞いている」と言っていたのを小耳にはさんだので、早速私も仕事中に聞きながらやれるインターネットラジオの番組を探してみました。

結構あるんですね。インターネットで聞けるラジオ番組。配信しているっていうんでしょうか?既に放送済みのやつがアーカイブになっていて聞けるようになっているんです。

あんまり興味のないものを聞いていても実が入らないと思ったので、健康チャンネルというところを見ていたところ、「〇〇HEALINGなんとかかんとか」みたいな番組がNOWPLAYINGでした。

「へ~、ヒーリングとかのラジオ番組もあるんだ・・・。そうだよね。アメリカだし、そういうの多そう・・・」と思い、そういえば、先生も昔ラジオやってたとかやってなかったとか聞いたことがあったので、ヒーリング関係のラジオ番組を探してみました。

すると、出てくる出てくる。いろいろなタイプのサイキックな人たちがいろいろなタイプのヒーリング番組をやっているようでした。いくつか聞いてみて、結構怪しげなトーン(魔女っぽい感じ)でずっと話しているやつとか、お祈り風に話しているように聞こえるものとかありましたが、私が結構テイストがあってるな、と思ったのを1つ見つけました。

それは、ナターシャ・J・ローズウッドさんの
「AAAGH ! I THINK I'M PSYCHIC ! (AND YOU CAN BE TOO !)」
です。

タイトルがイカしてる。そして、意外と普通の人風のしゃべり(に聞こえる)のが、良かったです。
始まったばっかりの番組みたいなのですが、結構テーマがおもしろくて、毎週楽しみになってしまいました。

最近のテーマでは、
「Imagination or Intuition?」とか「What’s Happening In Your Future? Free Will or Destiny?」とか、私も常々気になっているテーマでしたので、熱心に耳を傾けることができました。

しかし、いかんせん全部は聞き取れませんので、部分的にしかわからず、もどかしい部分もあり。そして、どちらかというと、途中で何度も入るCMの方のが耳についてしまって、そちらはソラで言えるほどに・・・。

はじめの一歩としてはこんなところでしょうか。

他にもいろいろな番組があるので、また探してみます。
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by mamemai | 2008-07-09 17:20 | もわわん

私の雰囲気


美容院へ行くと、雑誌を何冊か持ってきてくれますよね。
以前に美容院の人に聞いたら、お客様の雰囲気を見て、その人が好みそうなものを2~3冊選ぶそうです。

私の前に並ぶ雑誌は、以前は大体、流行通信、VOGUE、マリクレールなどでした。それらを読み終わった風にしていると次に持ってくるのは、装苑とか、SPURとか、High Fashionなんかもありましたねぇ・・・。私は担当になったスタイリストが辞めてしまうことが多々ありましたので、そのたびに美容院を変えていましたが、どの美容院でも大体同じものがおかれていたので、私はこういった雑誌を好みそうな感じだったのでしょう。

ま、実際、こういう雑誌を置かれていた当初の私は、ELLEとかSPURとかを見ていましたので、よく好みをわかってくれていた、ということになるでしょう。

で、先日美容院に行ったところ、私の前におかれた雑誌は、ナナナント!「Oggi」と・・・確か・・・「With」だったかな?全然見なかったので記憶にすら残ってない・・・。

私ったらいつの間にOggi風に変わっていたの!?すごいっ!

カレコレ2年くらい前から、「(私の)時代はOggi風だから(今さら)」と担当スタイリストには言っていたものの、雑誌はアシスタントの人が持ってくるのでOggiとかは全然おかれず、敢えて自ら「キャンキャン持ってきてください(⇒Oggiじゃない)」と強気にお願いしてみたりしていました。

前回のヘアチェンジのときに、「巻き髪にはしないで」と言ったら、巻き髪にされたので、仕方ないのでOL風のヘアをしばし楽しんでいたのですが、その雰囲気が熟成され、とうとう表面化したのでしょう!Oggiが目の前に置かれているのを見たとき、「おお!私も普通のオネェ風になったのだ!」と感動しました。

しかし、Oggiに手を伸ばす前に、「ハイ。今日入ったばかりのエルデコ・・・」と担当スタイリストに手渡され、結局それを隅から隅まで見ている間に今回は終了してしまいました。

私の担当スタイリストは、いつも、「ハイ」と言って、アシスタントとは別枠で1、2冊雑誌を持ってきてくれるのですが、それは大体、「全国お取り寄せ」などの美味しそうな食べ物本か「地球は今」みたいな環境本みたいなものが多く、特に食べ物本の場合は、夕方お腹が空いた頃に渡されるので胃酸が出て困ります。ま、今回はエルデコでしたのでよかったですけど。

果たして、次回もOggiが置かれるかしら・・・?などと思いつつ、、、Oggiとはかけ離れてしまった今のヘアスタイルを楽しみたいと思います。

ちなみに、最近時々見るのはDomaniです。くららちゃんが好きなので。
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by mamemai | 2008-07-08 16:09 | もわわん

無償の愛についての考察


体の調子が悪くなったとき、本当にいろいろなことを発見した。

その中の1つに、

「自分はそれ自身として良くなろうとする力がある」

ということがあった。

以前、このブログにエネルギーについての考察を書いたことがあったけれど、そのときに「海や大気を見ればわかるように、自然にはそれ自身で浄化しようとする動きがある」というようなことを書いたと思う。だから、自分自身もそれ自身で浄化しようとする動きがある、というようなことを書いていたような・・・。

でも、その時の私はオーラとか、もっと高次のレベルのエネルギーとかそういうことについて言っていて、肉体については頭では同じだろうとわかっていても、よく考えていなかった。でも、今回体の調子が悪くなったとき、肉体も同じだとわかった。

意識としての自分が、どんなに肉体を痛めつけようとも、そんなこと気にも留めずにバランスのとれた状態に戻ろうとするのだ。それに気づいたとき、「私はなんて自分に愛されているのだろう!これこそ、自分の自分に対する無償の愛だ!」と感動した。
一般に言われている、宇宙の無償の愛、ってこういうことなのかな!と思った。

ところで、「自分はそれ自身として良くなろうとする力がある」ということは、先日紹介した、野口 晴哉も同じようなことを言っていた。野口 晴哉の本を読む前に私も感じていたことだったので、「やっぱり誰でも同じ考えに至るんだなぁ」と、我ながら自分をアッパレと思った。(最終的にまた自画自賛)

「それ自身として良くなろうとする力」を利用して、心身の健康を取り戻し、促進する誰にでもできる方法を考案したのが野口 晴哉だが、その著書には病気とか健康とかいう考えは人間があとからつけたもの、というようなことが書いてあった。
病気と言っている状態は、体が自分のバランスを取り戻すための途中の状態のことであって、悪いわけじゃないというようなことだったかと思う。

私も「自分の自分に対する無償の愛」と感動したあと、ほどなくして、「愛ってなによ」とまたいつもの問いが沸いてきた。「愛」とか「Love」とかって言われていることって、私はわりと動詞的なイメージを持っていたんだけれど、最近は、もしかして、何かの状態を表しているのじゃないかと感じていた。

体の不調を通して、自分の中で「無償の愛」という状態がどういうものかわかったとき、「愛」とは何を表しているのか少しわかった気がした。それは、単なる「エネルギーの流れ」のことじゃないかと。「自分の自分に対する無償の愛」などというと、「私って愛されているんだ!」などとついつい、そこに動物的な意識が入ってきてしまうが、究極的にミクロに見ていくと、愛しているからブタれても起き上がってくるわけじゃない(と思う)。起き上がる仕組みになっているから、ブタれようが、切られようが、なじられようが、ねじられようが、起き上がってくるじゃないかな。

人は、そういう状態を「無償の愛」と名づけ、そう呼び始めたんじゃないかな。
最初は意味がわかってたけど、病気という言葉が一人歩きして当初の意味から離れえらく恐ろしいようなイメージになっていったように、無償の愛も最初にそう呼ばれたころの意味とは少し離れたのかもしれない。

自分自身を愛の存在にするためには、、、というよりも、この理論でいくと、自分自身は既に愛の存在だ。より自覚的に愛(流れるエネルギー)であるためには、

自分自身の中を流れるエネルギーを意識していること、
相手との関係でのエネルギーの流れに目覚めていること、
全体の単なる一部としての自分を受け容れること・・・これはつまり、全体の流れを感じること、といえるかな、全体に対してKYじゃダメってこと(^^、

・・・がポイントなのかなぁと思った。

書き終わって改めて見返すと、前にも同じことを書いた気がする!
でも理解度が違うのであしからず・・・。同じとこ回ってるな~。(^^;
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by mamemai | 2008-07-04 15:10 | スピリチュアルな考え事