花と私とエネルギー


私が感じたことをメモ書きするスピリチュアル日記です。
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アトランティスの記憶


先日、マウントフジフラワーエッセンスの試験を受けるため、ヒーラー仲間の・・・というか大先輩の方にクライアントモデルをお願いした。

試験後はパーッと飲みましょう!ということで、女同士で一杯やって帰ることに。

なんたって相手はヒーラーとしては大先輩なので、ぺーぺーの私にとっては、久しぶりに「私のお悩み相談にのってもらう」形になってしまったので、彼女はこのお食事会を楽しめたのかなぁ、、、と思い返すとちょっぴり悪いことしたような気もする。

でもおそらく、必要な時間だったのだ。

なぜなら、アトランティスの記憶が皆無の私に対して、「アトランティスでたぶん一緒だったわよ」と、私の中の封印している記憶にふれることになったからだ。

アトランティスとか・・・そういう話をする人、はっきりいって、どんだけ〜って感じで私はあまり好きじゃなかった。ま、アトランティスについてよく知らないし、興味もなかったから。

しかし、「興味なし」・・・私にとってこのような状態にあるものは、逆に「何かある」というものなのかもしれない。

私は本当に幾世にも渡って、アトランティスでのトラウマから抜け出せていないらしく、同じような状況を創りだしている模様。

どんなことかというと、これはおそらくアトランティスでの記憶ではないのだけれど、強く印象に残っているのが、軽〜い気持ちで言った一言でとんでもない大惨事になってしまったという記憶だ。それはそれは恐ろしい記憶として残っていた。

こんなことを彼女に話していると、どうやらアトランティスでも私も彼女も同じような事件に遭遇したらしく、彼女はしきりに私にたいして、・・・私の霊体に対して、「あなたのせいじゃない」「あなたが悪かったんじゃない」「あなたは利用されただけ。あなたのせいじゃない。」と、言ってくれていた。

本当に何回もことあるごとに「あなたのせいじゃない」と言っていた。話の文脈と多少合わない風なときでも、とにかく何かというと、「あなたのせいじゃない!」と強い口調で断言してくれていた。

私は、それでも今でもアトランティスのことと思われる記憶は一切思い出していないけれど、あんなに何回も言ってくれると、なんだかその後のいろいろな世で起こったことも、自分で許せる気がした。

本当にすごいヒーラーだなぁ〜とつくづく感心し、感動した!(最後は小泉純一郎風に)
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by mamemai | 2007-09-23 02:14 | スピリチュアルな考え事

エネルギー上の会話

iriseさんのところのブログで「エネルギー上の会話」についてチコッとコメントしたので、その関連。

少し前にオーラリーディングの学校の同級生の子とお茶してたときにこんな話になった。

「お客様の言ってること、あんまりアテにならないよね」

ということ。これは、どういうことかというと、口で言ってることと、その人のエネルギーに起こっていることが違うことがよくあるからだ。リーディングを始めたばっかりのときは、「耳で聞いたこと」や「目(生の目)で見たこと」が「絶対正しい」と思っていたので、お客様がしゃべったことを聞いてからエネルギーをみて、言ってることと全然違うことが見えると「私、全然間違っているもの透視しちゃってるのかも?!」とドギマギしたものだが、最近では、(生)目で見えてること、(生)耳で聞いたことは、「おい、話半分で聞けよ(by浅野忠信)」と思うわけだ。

お客様が意図的にウソを伝えているというわけではない。おそらく自分では本当に気づいてない。それか、すこーし気がついてるけど、自分でも錯覚だと思っている場合もある。

鈍いのだ、と言っているわけでもない。

つらすぎたりして、無視してる場合が多いのだ。無視して偽っているうちに、偽っている方が本当の自分だと思ってしまうのだ。

だから口では「いや〜、さみしさとかは特にないんですけど。」などと言ってても、ハートは泣いていることも多々あるものだ。

耳を済まして、その人のしゃべっている内容ではなくて、声を聞けば、笑って話をしていても、声は泣いている場合がある。「ああ、こんなにも悲しさを訴えているなんて!」と思うことがある。
ハートが泣いていると、出てくるバイブレーションまで悲しいものになっているときがある。でも、本人は、楽しい話をして、みんなと一緒に笑っている。

こんな風にかくと、「クレアボヤント(透視能力者)の前では、うかうか気楽なおしゃべりもできないわ!」などと思うかもしれない。

でも、どうして自分の本当の気持ちを知ってもらうのを恐れるのだろうか?

私は、私の本当の気持ちを知ってほしくてたまらない。

どうして偽りもなく、自分でいられることを恐れるのだろうか。

私はシンプルの国に住み始めているので、隠したり、ごまかしたりしなくてよいのはとってもステキであたりまえのことだと思うけど。。。

私の行うセッションでは、カウンセリングもあるけれど、エネルギー上の会話も多々ある。エネルギー上の会話では、生の口は使わない。現実的には無言だ。でもそこにある、相手のエネルギー、つまり相手自身との心のふれあいは、口で話すのとはまた別の醍醐味がある。

その魂の輝きに触れると、「ああ、なんてすばらしいのだろう」と毎回感動する。「いいもの見せてもらったぜ」ってな気分だ。

オーラリーディングやマウントフジのセッションをやるたびに(こちらはまだ実習ですけど)、セッションの楽しさが高まっている今日この頃だ!
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by mamemai | 2007-09-19 00:54 | エネルギーワーク

4.5チャクラ

私がことあるごとに、「うずき」を感じる場所はハートチャクラと喉のチャクラの間のあたりだった。以前はちょっとしゃべりすぎると、気管支炎のようになったりすることも多々あったのだが、そのときはちょうどそのあたりがガラガラするのだ。

これって、喉のチャクラが詰まってるってことかしら?それともハートチャクラかしら?などと思って、たびたびヒーリングしていた。

しかし昨日、同じようにいつもの場所がゴロゴロしていたのだが、ふと「あれ、これって4.5チャクラってやつかも?」と思い出した。以前にちら読みしたオーラソーマの本に書いてあったような気がしたのだ。

「そうだそうだ、確かそんなチャクラがあるという話もあったな」と思い、早速ネットで調べてみると。。。

出てくるのはオーラソーマ関連の情報ばっかりだった。4.5チャクラ的な発想はオーラソーマ外ではまだ浸透していないみたいね。

なので、オーラーソーマ上での4.5チャクラについてみてみると、この「4.5チャクラ」は「アナンダカンダセンター」とよばれているらしい。色はターコイズで、なんでも言葉を使わないでもコミュニケーションができるとか、「マス」コミにケーションを司るらしい。

さらにここは、外部からの条件付けのパターンが結晶化しているところだそうだ。つまり、「自己イメージ」に関係する場所。そして「自分とは何なのか」という問いの場所だということ。


・・・ふ、ふ~ん。そうなんだ・・・。っていうか、それってここのところずーっと私がブツブツやってたことじゃん!などと感心しつつ、夜、瞑想しながら4.5チャクラのもぞもぞが治らなかったのでついでにヒーリングしてみた。すると、以前にも1度見たことある映像が見えた。

それは、過去世なのか、単なるシンボリックなイメージなのかわからないが、いろいろなことに耐えられなくなって自分の喉から胸に向かって貫通するように剣を刺すところの映像だ。どうやらその影響が残っているようだな~と思って、どうしてくれよう(どのヒーリングしようかな)と、思っていたら、ふとアカシックレコードを使ったヒーリングを思い出したので、それやってみた。(上級ヒーラーなので実はそんなヒーリングもできる)
やり終わったらすぐに眠くなってしまったので、そのまま寝た。朝起きたら、ゴロゴロは治まり、すっきりしていた。あとは「え?ほんとにもう治っちゃった?」という自分の残留物がなんとなくくっついているだけのようだ。

このヒーリング方法はあんまり使ったことなかったけど、結構いいみたいね。もう少し実験してみよう。

ということで、アナンダカンダを超えて、次なる場所へ行く時期なのかな、と思ったり♪
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by mamemai | 2007-09-13 19:26 | エネルギーワーク

感情は、古い体験の焼き直し?

今飲んでいるフラワーエッセンスのせいで、特に強く感じているのだと思うけど。。。否定的な感情や精神を浄化するエゾノコリンゴとエネルギーを刷新するシシウドが原因かと。

何かというと、「私の質問に答えてくれない」という悲愴感!ま~、普段の精神状態の良いときなら、こういうことが起こっても、「ま、忙しいんだろう」などと気にしないのだが、ここ最近、「どうして答えてくれないのだろう?」「私って結構うっとうしい存在なのかしら」「みんな私のこと内心、空気読めないやつって思ってるのかしら」などと、変な不安感みたいのが出てくる。

特に、対面してしゃべってて相手が答えてくれない場合(そんなことはほとんどないので)ではなく、メール。相手からメールしてきて、それに対しての返信に、1つか2つ質問などを交えたりして送っても、全くノーレスのとき。結構あるのよね~。寒い質問なのかしら・・・?

ま、そんなことよくあることなんだけど。特に相手が、友人じゃなくて、会社みたいなときはね。あんまりいちいち返信してくれないじゃない?でも、それがすごく気になって、昨日なんてしんみり涙を流してみたり。「みんな私のことうっとうしいって思ってるに違いない(サメザメ)」って(^^

人はこうしてプチうつになるのだろう。(え?違う?)

でもこれって「現在」に引きずってる「過去の産物」・・・。私は小さいころ転校したときに、クラスのほとんど全員から無視されるというイジメにあったので、たぶんそのときの感情なのだ。おお、エゾノコリンゴよ、洗いざらい流しだしておくれっ!プリプリーズ!


目の前で起こった現象に腹が立ったり、胸を痛めたりしている、、、と大概はみな思うだろうが、大体は、過去やもしかしたら過去世の感情を焼きなおしているだけだ。似たような現象を探しては、昔の感情を再体験しているのだ。だから、思い当たる一番最初がいつなのか、探してみるのが、もう二度と同じ嫌な思いをしないための近道。

そして、イジメって結構深いところで傷ついてるんだな~とつくづく思ったり。

こうしたことも私の誕生数が9であるために、いろいろ体験する意味で起こったのかな~と思ったり。

ふむふむ。
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by mamemai | 2007-09-12 18:46 | フラワーエッセンス

「月」が象徴するものとは

新しいフラのレッスン曲は「Hanalei Moon」♪
カウアイ島にあるハナレイの美しい月夜のことを謳った歌。ハワイ語じゃなくて英語の曲です。

初のスローなテンポの曲で、秋にぴったり(秋といえばお月見だし)、やる気もマンマン☆ムーディな振り付けで、ぜひともマスターしたいものです。


なんでも、カウアイ島のハナレイ湾のサンセットは、世界一?とも言われる絶景らしい。

でも、今回はサンセットの歌ではなくて、夜がきちゃってます(^^;

それにしても、前回の「Mahinahina(満月)」に引き続き、お月様に関係した歌ですな。実は今月末に遅めの夏休みでセドナへ行くのですが、そのときも満月の夜にスウェットロッジをするのです。月づいてますっ!

「月」にはどんな意味があるのでしょうかね。私は満月のときはどうとか、新月のときはどうだとか、そういうことは今まであんまり意識してなかったので、月が持つスピリチュアルな意味合いにもあまり詳しくありません。

でも、勝手に象徴的な意味を想像してみましょう。

まず、月は、太陽が昼なのに対して、夜です。明るいに対して暗いです。ですので、自分の内面的な部分を照らすもの、影の部分に光をあてるもののように思います。

そして、月には満ち欠けがありますね。一定の周期で、満月になったり新月になったりしています。ということで、時の移り変わり、物事の始まりから終わり、発展や衰退、成熟から老いといったような印象もありますよね。
また、物事には「時期」というものがあって、例えば三日月のときに満月じゃないことを憂いても仕方ない、時が熟すのを待とう、といった感じにも受け取れます。

太陽はそれ自身で輝いていて、周りを暖めたり照らしたりするから能動的だとしたら、月は太陽に照らされて明るくなったりするわけですから受動的な感じですね。太陽は男性的で、月は女性的とも捉えられるかもしれません。

あとはなんでしょうかねぇ・・・。

太陽はメラメラとやる気を煽るのに対して、月はムーディー。左へ受け流す~♪・・・話がそれましたけど、じっくり物事を考えたりするのには向いてそうですね。やっぱり内観の象徴でしょうか。

太陽は全体的に照らすのに対して、月はスポットライト的ですよね。なので、太陽が平等を表しているとしたら、月は不公平・・・ポジティブな言い方に直すと、個人が際立つ・・・とかそんな感じでしょうか。グローバルな愛に対して、パーソナルな愛とか☆

いろいろ想像できますね~。
とにかく、自分で勝手に想像して書き出したわりには、自分でもびっくりしてしまうくらい結構現在の自分に当てはまる部分がありました。・・・そんな自分が書き出したから、とも言えますが。

ほかにも何か思いついたら教えてください♪
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by mamemai | 2007-09-11 14:20 | スピリチュアルな考え事

マウントフジフラワーエッセンス講座終了

7月からスタートした、マウントフジフラワーエッセンスのプロ講座が終了しました。あとは、プロ試験に向けてがんばるだけ・・・。

・・・といいつつ、最後の授業のときに選んだエッセンスとまだワークしています。そしてどうやらそのエッセンスのおかげさまで、今週はなんだかすごい荒々しい性格になっているような・・・。とにかく、チャッカマンというか、話しかけられただけで腹が立つというか、常に怒りとともにある♪みたいな感じ。

普通が怒っているような状態なので、話したり、動いたりしてエネルギーを動かすとそれが火に油という状態になり、誰かれ構わず、説教をしたり(^^;、鋭い切れ味の言葉で切ってみたりと、ほんと「触ると怪我するぜ!」状態に。

でも、もはや自分で抑えることができない状態、というかエッセンス飲んでこうなっているため、あんまり抑えつけてもいけないのかな、とか思ったりもして・・・。葛藤!

だから、みなに害が及ばぬように静かにしているんだけど、やっぱり話しかけられたりするからね~。・・・話しかけないで。プリーズ。話しかけると鉄拳落とすよ!(どっちが悪いンだか・・・)

第2チャクラに内側に溜まった感情を浄化するエゾノコリンゴが選ばれたため、これがすごい効いてるらしい。たーすーけーてー。怒りで我を忘れてる!鎮めなきゃ!(「風の谷のナウシカ」より)

それだけ、普段はがまんしているってことなのかなぁ。。。
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by mamemai | 2007-09-10 13:01 | フラワーエッセンス

同じことを何回も言う

少し前に、友人とこんな話になった。

その友人は仕事の同僚なのだが、カノジョは結構なキレ者だ。頭もキレるし、すぐキレて怒りやすいという意味でも(^^;

そんなカノジョは、会社でもそれなりの地位にいるわけで、いろいろなプロジェクトに参加している。キレものがゆえに、目の前にポッカリあいている穴にもすぐに気づくし、おそらくその道は行き止まりであるということもすぐにわかる。そして、教えてあげるわけだ。

でも、何度も何度も教えても、言われている側の方にはあまり伝わっていないという。

例えば、こんな感じだ。

「隣の王国へ行くためにAという道を通って行きたい」という人が、あるプロジェクトに現れた。Aという道について調べてみると、何歩か進んだところにまずはでっかい穴があって、常にでこぼこ道で歩きずらく、ときおり猛獣が出てきて襲われる可能性が高い道だとわかった。そしてその道は途中までで終わっており、先の方では行き止まりになっていることもわかった。

カノジョは、Aの道を提案している人に「調べたところ、この道には危険が多く、最終的には行き止まりになっており、王国へは行けません。Yという道の方が平坦で明るく、近道です。」というように伝える。
すると提案者は、「ほんとだ、すぐそこに大きな穴がある!この道はやめてこっちの道にしましょう!」と、穴のちょうど先のところで、Aという道に合流している別の道を進むことにした、と意気揚々と提案してきた。しかし、穴はよけられるが、それも結局はAという道だ。

カノジョは言う。「ですから、それも結局Aという道です。穴の先では猛獣が出ます。」すると提案者は「大丈夫ですよ!出ないかもしれないし。」といって、Aの道を進み始める。すると途中で猛獣が現れ、あわや命を落とす、という目に合いつつ、命からがらもとの場所へ戻ってきて「いや~、あぶなかった。猛獣が出て命を落とすところでした。言ってくれればよかったのに。Aの道は通れません。別の道を探した方がよさそうですね。」と言う。

そしてCという道を今度は提案してきた。しかし、Cという道は猛獣の出る区域を通り過ぎたあたりのところでAの道に合流していた。カノジョは「この道もAに合流しています。」と告げる。しかし、提案者は「この道はCですから、Aの道とは関係ありません。」という。
そして提案者はまたCの道を行ってしまった。カノジョの言うことに耳を傾けずに。



・・・終始こんな感じがカノジョの日常になっているそうだ。
カノジョは、あんまりクドクド言い過ぎてもよくないのかしら、と悩んでいた。何度言ってもわからない人に、何度も何度も同じことを言い続けることに、なんだか自分がその人をいじめているみたいに感じてしまうとも言っていた。(つい、ガミガミなってしまうので)自分の責任外のことといえばそうでもあるので、何も言わないようにして、無関係となったほうがいいのかしら、などと、悩んでいた。

カノジョと同じように、「あれほど忠告したのに」と、思うことが私にも何度もある。「おまえの耳はフシアナかっ!」と耳をビヨーンとひっぱり上げてやりたかったときも何度もある。また、その問題は私の問題ではなく、相手方の問題だから、クドクド言って煙たがられて嫌な思いをするよりは、忠告しないでほっといてもいいかもしれないと悩んだこともたくさんある。

でも、「一生懸命やってあとは天に任せる」結局はこれなのではないだろうかとふと思う。

100回言っても、伝えたかった内容の意味が1個も伝わらないことは多々ある。(コミュニケーション能力の問題はおいといて)
でも、200回言って、1個伝わるなら、1000回でも100万回でも同じことを言って、本当のことが伝わるまで伝えるしかない。言うしかない。理解するかしないかは相手の問題だから。言い続けるしかないのではなかろうか。

私だって、去年先生が言っていたことを、また最近聞く機会があって、そのことのより深い意味に気づくことがある。都度意味づけするのは自分の側ではあるが、気づきにはいくつかの段階があるのだと思う。その段階を進んでくるのを耐えつつ待ちつつ、言い続けるしかない。真実が伝わるまで。

先生も、歳のせいもあるけど、何回も何回も耳にたこができるくらい同じことを言う。
でもおそらくそれが真実だからだ。それ以外に言う必要がないからだ。(先生を美化してみました。笑)

忍耐強く。見守る。
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by mamemai | 2007-09-07 14:56 | もわわん

やっと一段落・・・?

3日にフラのショーが終わり、今週末でマウントフジのプロ講座も終わり。7月からの怒涛の日々がやっと一段落・・・といったところか。

ホ・オケナのショーは、2部構成になっていて、1部はフラばっかり、2部はホ・オケナとフラのコラボレーションといった感じだった模様。私たちは、1部の12組目(全19組)だったため、1部は見ることができなかったのだけれど、2部からはお客さんとしてショーを見ることができた。

2部だけでも9組くらいあったんじゃない?アレ。とにかく、次から次へとどんどんと踊るので、正直癒されすぎて途中で寝た。癒されすぎて。(なぜ2度言う)

8月末にケアリー・レイシェルのコンサートにも初めて行ってみたんだけど、そこでもケアリの歌にあわせて、ケアリのハラウの人たちが踊りまくっていたため、夏の終わりに「これでもかっ!」というぐらいにフラを見た私だった。

このように「もうしばらくフラ見なくてもいいかな」と思えるくらい一気にいろいろな人のいろいろなフラを見たけれど、一番すばらしかったのはケアリのコンサートでソロで踊っていた人!あれこそフラ!って感じだったな。感動でハートが開いたよ~。ホント。

ああいう風にステキに踊れるようになりたいな♪でもあの人はハワイの人みたいだったので、やっぱりDNAに刻まれたフラの魂みたいなもんがあるのかな~と思ってみたり。。。
でも人類みな兄弟なわけだから、きっと同じようにできるわよ。そこまでがんばれるかどうかだけど。

もうこれからはしばらくショーもないので、ヒーリングの方にまた力を・・・ってサボってたんかい!いえ、サボってたわけじゃ・・・。夏って、誰もヒーリングする気にならないのよ。季節がらテンション高いわけだし。たぶん。

とはいえ、10月もアロハ・ダレリィ先生のショーみたいのがあるみたいだから、それも見に行きつつ、10月末にはキンカメこと「キング カメハメハ フラ コンペティション日本大会」があるので、それを見学に行ったり。一度は見てみたいものね。コンペの踊りとか。

ボチボチとフラを続けつつ。
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by mamemai | 2007-09-05 13:33 | もわわん