花と私とエネルギー


私が感じたことをメモ書きするスピリチュアル日記です。
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<   2006年 06月 ( 9 )   > この月の画像一覧


ユーモア

ドリーンのオラクルカードを引くと、たびたび出てくるのが「laughter」のカード。ユーモアをもっと取り入れましょう、というメッセージ。

これが出るたびに、「え?どーゆーこと?私ってまじめすぎるってことかしら?」とその意味合いをよく捉えられずにいた。ちなみに、私は、元来おもしろい人である。(自分でいうのも変だけど)特別に人を笑わそうとしなくても、あるいは誰も笑っていなくても、存在自体がコミカルらしい。エッセンスの実習のときも、シェアリングのとき「お人柄でしょうけど、おもしろい感じの方のようなので・・・」などという発言が目立った。私は大真面目にやっていたにも関わらず。

ま、いんですけど。

で、話の続きだけども、この「ユーモア」について最近ちょっとわかってきたのだ。でもまだ自分ではユーモアをまだまだうまく取り入れられてないんだけど。

ユーモアとはどういうものか。それは多くのお笑いタレントがTVで笑わせる芸当とはちょっと違うのだと思う。私が思うに、ユーモア上手なのは、美輪明宏だ。オーラの泉を見てても、美輪明宏のユーモアのセンスにはいつも感心させられる。たぶんアレをユーモアっていうんだろうと思う。そういう意味では、江原さんの方はユーモアはあんまりまだ出し切れてないと思う。

ユーモアとは、すべてをわかって、そして俯瞰した目線でみて、その中に滑稽さを感じさせるということ。言葉ではなかなか難しいけれど、物事の真理を見通していないと、面白いことはなかなか言えないものだ、と思う。

デーブ・スペクターのギャグは、ユーモアなのか単なるアメリカンジョークなのかまだ見分けがつかない。難しいところだ。(そうか?!)

最近は自分に愛のエネルギーを流すだけでなく、ユーモアのエネルギーを流すのが私のお気に入りだ。ユーモアのエネルギーはとても軽く弾むようだ。思わずクスクス笑ってしまうような気軽さが注入される気がする。

私も早くイカしたユーモアをばら撒けるようになるのだ☆
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by mamemai | 2006-06-28 18:50 | もわわん

過去世

みんなそんなことはとうの昔に知っていたことなのかもしれないけれど、私はようやくわかった気がした、過去世について。

私にとって重要なのは、ずっと続く大きな意味での「私」という魂の学びが何であるか、ということだ。もちろん直接魂と会話する方法もあるけれど、実体験的に学んでいくには肉体が必要なのだ。「私」という魂はどんな肉体を持とうとも、「私」であることにかわりはなく、実体験的に魂の学びを行っていると思われる。だから、それが私の過去世の中世の学者であろうと、現在の私であろうと、私であることにかわりはない。言ってみりゃあ、魂にしてみれば「幼少のとき」ぐらいのモンなんだろうと思う。続いているのだ。

だから私は、過去世だろうが、今だろうが、一環して「私」であると考えることにした。今までは過去世、というと自分の過去の世であるとは言いつつも、自分ではない誰か、という感覚だったが、「ああ、あの頃私、そうだったよね~」ぐらいなもんだ。

過去世での体験のため今生でなかなかうまくいかないことがある、などとよく聞く。私は自分の過去世がどんなだったかまだ自分ではよくわからないので、私にうまくいかないことがあるとして、それが過去世での体験のせいなのか、よくわからんが、私はその意見には今のところ反対だ。

ひとついえるのは、いついかなる肉体における体験でも、現在においてそれを解放しないのは自分だ。自分自身がいつも後生大事にその体験を握って放さないのだ。

だから、自分が「このことからの学びは既に得た。だから私はもうこのことに縛られてはいない」と解き放てば、それが過去世のことだろうと、今生のことだろうともう終わりなのだ。それに制限をうけることはない。

何事も「できなく」しているのは自分だ。
自分自身しか自分の敵にはなり得ない。邪魔をするのはいつも自分だ。

「自分」って深いな・・・。答えは本当に自分の中にあるんだな~。(納得お得)
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by mamemai | 2006-06-26 17:24 | スピリチュアルな考え事

変化にまつわる人

どうやら私は人の変化のタイミングに居合わせる、もしくは、もしかしたらジワジワ変化させる人なのかもしれない。

というのは、私はごくごく平凡な透視ヒーラーなOLだけど、私と関わるようになった人や部門はみんな旅立つ・・・。旅立つというのはどういうことかというと、急に部署移動になったり、転職したりする。部門などでは、新しい部門に吸収されたり、なくなったりする。

こうした何かしらの変化が起こるまで、それぞれ時間は異なるが、大概早くて3ヶ月長くて1年の間に起こる。半年以内には大体起こるな。部門なんかの場合は完全になくなるまでもう少しかかるけど、半崩壊くらいは割とすぐになる。

これまで私自身が渡り歩いてきた会社の部門は大概消滅。沈没寸前で私はあやうく脱出している。なので、「私って部門をつぶす人なのかしら」とちょっとネガティブに考えたりしていた。

関わる人に至っても、取引先の人などは私の担当になると、大概3ヶ月で部署移動か転職する。これまでずーっと勤めてきた人も「急に決まりまして・・・」などといって、すぐに引き継ぎにくる。べ、別に私が嫌われてるわけじゃないと思うけど・・・。

でも最近思うんだ。ここまでくると、私は女神カーリーみたいなもんで、古いもういらないものを捨て、新しく始めさせる人なんじゃないかって。(調子いい)

ヒーラーとしてはもってこいの人材だね。というか、ヒーリング始めてからますますこの変化パワーがすごいみたいな気がする。変化する時間が短くなってきている気がするな!

以前、人に何かを教えてあげたいと思うがどうやったらよいか、ということを高次の自分と話し合っていたときに、「誰かに何かをアドバイスする必要はない。あなたは常に自分自身であればいい。そして、何かを話すときは『私は』どう思うのか、と常に自分のことを話したらいい。」と言われた。まー、そのときは押し付けがましく人にいろいろアドバイスしているときだったから、それを治すためにもこうしたやり方なのだろう、と思っていたけど、存在するだけで変化を起こす(大げさ)私でもあるので、自分のことを語っていれば、というか最悪語らなくても、近くにいるだけで変化がおこるらしい。

長年勤務してきて、どんな仕打ちをうけても絶対に辞めない、と密かに言われていた同僚が私の隣の席にきて2ヶ月、とうとう転職するらしい。
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by mamemai | 2006-06-22 17:27 | スピリチュアルな考え事

魂の輝きと愛について

私は以前「愛っていったい何?」って思ったときに、確か女神のオンヤが教えてくれた。(怪しい文章やな~)

そこで私が感じた愛とは、誰かや何かと「一緒なんだな~」と感じること。つまりひとつであると思えたときにそこに愛がある、ということだった。

例えば、私の場合にどういうときにそう感じるかというと、誰かが自分のことをかげながら気にかけていてくれたときとか、お互いに心底通じ合ったと思う(会話でもアイコンタクトでもセックスでも)ときなどである。別に難しいことはない。

話は少し変わるけども、私は、私たちそれぞれは魂をもっていて、いろいろな輝きをもっていると思っている。今現在すごーく輝いている人もいれば、まだ原石のような感じの人もいるかもしれない。私は自分を含め、人々の魂の輝きをみたいし、輝かせる手伝いをするのが私の役目だと思う。

魂の輝きは、人それぞれもちろん異なる。あるいは人じゃなくても魂の輝きをもっているので、それもそれぞれ全部異なる。同じのはひとつもないのだと思う。それぞれの輝く存在同士がくっつくと、新しい存在が生まれる。例えば赤い輝きを持つものと緑の輝きをもつものが交わると新たな黄色の輝きが生まれる。男と女が交わると子供が生まれる、みたいだけど、魂の輝きでも同じようなことが起こると思う。そして、自分や相手の輝きが増せば増すほどどんどんきれいな輝きを生み出していけるのだ。

人は誰かや何かと関わらなければ何かを学ぶことができないとよく言うけれど、これは自分以外の別の輝きと交わることなしで新しいことを生み出せないということなのじゃないかな~と思う。こう考えると人との関係というものについて少し理解が深まる。

で、次に、誰かに何かをあげる、ということについて考えてみる。
今の社会で誰かに何かをあげること、例えば、自分が使っているペンを友人にあげる、などすると、ペンが自分から友人へ渡ってしまい、自分の手元にはペンが無くなる。
すると、「何かがなくなった」という事実が残る。10あったうち今は9しかない、みたいな感じに。そうすると、誰かに何かをやすやすあげるということをあまりしなくなる。自分が何をもらえるのか、自分の手元には何個残るのかが気になってくる。

でも実際は、誰かに何かをあげる、ということは、誰かに自分の魂の輝きを分けてあげることだと思う。魂の輝きは物質的なものじゃないので、いくらあげてもなくならないし、その輝きはそれぞれ自分しかもっていないものだから、誰かのほうが自分より多くもっているということはない。

そして、魂の輝きをわけてあげることにより、相手の魂の輝きと混ざり、新しい輝きがを創りだすことができる。つまり、あげることにより、新しいものを得ることができるのだ。

最初に戻ると、「ひとつであることが愛」ということだとすると、誰かに何かをあげることも愛、魂の輝きで新しい輝きを作ることも愛、なんだなと思う。

誰かにあげるとき、少しでもきれいな輝きをあげられるように、私は自分の魂の輝きに磨きをかける今日この頃である。
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by mamemai | 2006-06-21 19:50 | スピリチュアルな考え事

バトンまわしたるでー!

aromahealingさんからまわってきたバトン、やっとこやってみました。
私に与えられた指定は・・・。『愛』です(・_・;)

☆指定型バトンのルール
・回してくれた人から貰った『指定』を『』内に入れて答える事。
・また、回す時、その人にも指定する事。

○最近思う『愛』
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
誰かを愛するより、自分を愛してあげるほうが先決だ!
自分を愛せなければ、誰も愛せない。

○この『愛』には感動!!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
私を見守ってきてくれていた人たちの愛。
生まれてから今までに、私の中にエネルギーを送ってきていた人たちをこのあいだ順々にみた。父、母、祖父母。心配のエネルギーだったり、私を律するエネルギーだったりいろいろだったけれど、こんなにもみんなが私にエネルギーを送ってくれていたのだ、ということに胸をうたれた。亡くなってしまってからも尚、私が節目のときには送ってくれているのだ。私はいろいろな人の愛に包まれていることを知り、自分も他人ももっと愛せるような気がした。

○直感的『愛』
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「私」には克服したい何かがある。「私」は説明のつかない大きな流れの中にある。
大きな流れは「私」のリズムとペースに合わせて、何度でもそれを克服するチャンスを与えてくれる。心配や不安はいらない。ただ現在にいてそのときを待てばいい。

○こんな『愛』は嫌だ!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
うーん。押し付けがましい愛かな~。その時点で愛じゃないから愛ともいえないけども・・・。あと、「もったいぶる愛」とか。そんなんあるのかな。嫌なもの、あんま思い浮かばないな~。純粋に「愛」について考えるとあんまり嫌なものはないのかも。


○この世に『愛』がなかったら・・・
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
私はたぶん死んでいる。

★私がバトンをまわしたい人はこの二人。よろしければどうぞ。
・忙しいところ恐縮ですが、irisekeiko さん、『聖なる存在』でどうでしょう!
・エッセンス同期 みなこ さんは、『第2チャクラ』で。直感的「第2チャクラ」なんつって。

あとは立候補で(笑)
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by mamemai | 2006-06-20 13:58 | もわわん

「現在」にいる

精神世界の話などでは、「現在(いま)ここ」ということがとても重要とされている。過去でも未来でもなく現在この瞬間を生きる、ということだ。今を生きていなければ、未来を創造することはできない。なぜなら、今がすぐにその未来になり、今、現在だと思っていた瞬間はすぐに過去になるからだ。(ややこしな~)

私はもっぱら未来に生きてしまうタイプらしく、先のことを考えてはアレをやらなければコレをやらなければとその未来に備えたりしていた。(あえて過去形で書くとしよう)
でも自分では【現在】にいると思ってた。

私が「現在」の大事さを痛感し、私がいつも現在にいないことを知ったのは先日こんなことがあったからだ。

朝、会社にいくとき、ボーイフレンドにもらった指輪をしていこうと、いつもそれがしまってあるジュエリーボックスをみた。なかった。なぜ無いのか全く記憶になかった。使ったらいつもそこにいれるように、気をつけていたからだ。
もらったばっかりのものだったし、大事にしていたので真っ青になり、落ちてないかとか、他の引出しや箱に入っていないかなどドタバタと探してみたが見つからなかった。

もう時間が無かったので気になるけれども会社に行くことにした。道すがらエンジェルに「帰ったらすぐに見つかるようにしてください」とお願いした。

どこにやったんだろう・・・とずっと思い出そうとしたけれど、全く記憶になかった。というか、なくなったことに気づいてないってどーゆーこと!と、なんてボーっとしていたのかと自分に対してちょっと叱りたい気分だった。

その時私は、「いつも自分では現在にいるつもりだったけど、実際はボケーっとアレコレ考え事をしていて、大事な指輪を無くしたことさえも気が付かないくらいだったんだ」と気づいた。(泣きそうだよなー)

そして、現在にいないと、こうして大事なものをなくしたり、大事な人と会っているときにまともにその人のことを感じないで話していたりするのだ!と思った。それってなんと愛のないことなのだろう!と。誰かや何かに愛を与えたいと思っているならば、自分が常に現在にいてその人やものときちんと向き合っていないとだめなのだ!と。あとから、「あのとき、あの人にちゃんと伝わったかな」とか「もっと大切にしておけばよかった」などということは、現在に生きていないからこそ起こるものなのだ、と。

そして私にはしょっちゅうこういうことがあったのだ。

でも、そう気づいたので、現在にいるように意識し始めたが、これがなんと難しいこと。というか、自分が現在にいない時間の多いこと!なんたること!
きっと私には現在におれない深~い事情があるんだろう。まだ気づいていないけれど。

「現在ここ」とは生きるのにも、愛を受とり与えるのにもとっても大事なことなのだと実感したのだった。

ちなみに、指輪はこのことを学んだご褒美に家に帰ったらすぐに見つかるようにエンジェルが取りはからってくれていました。
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by mamemai | 2006-06-19 16:50 | スピリチュアルな考え事

パラマハンサ・ヨガナンダ  ~あるヨギの自叙伝~


「あるヨギの自叙伝 」買っちゃった☆衝動買い!

というか~、誕生数が同じってことでヨガナンダの名を知ったんだけど、どんな人だか全く知らなかったので、調べたらヨガの人なのね。(アバウトな解釈)

で、本があるってーので、アマゾンで調べてみたら、この写真にドキッとしたわけ。
なんか、「知ってる感」があって、知りあいを見つけたみたいにビックリした。
というか、自分と似てる・・・と思ったので、気持ち悪いから買ってみた。(微笑)

自分と似てるっていったって、私の顔を知っている人にしてみたら、「似てねー」と思うだろうけど、私はなぜか「似てる」と思っちゃったのね~。うーん。流されやすいタイプ?

でも誰でもこの表紙の顔みたら、ドキッとするかもね。なんか目に力あるから。
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by mamemai | 2006-06-16 15:30 | BOOKS

フラワーエッセンスの効果についての考察 その1

自ら進んでフラワーエッセンスを飲み、人体実験をしている私だが、バッチのエッセンスとフィンドホーンのエッセンスの違いについて今ひとつわからぬ。

二つとも飲んだことがある人にこの間話を聞いたら、フィンドホーンに比べバッチは効き目が弱く感じる、なんらかの効果(現象)が起きるのが遅い、と言っていた。フィンドホーンの方が効き目(っていうんですか?)がすごいっていうのは、大体みんな言っていることだけど、「効き目がすごい」とはどういうことなんだろう・・・と常々考えていた。

昨年のクリスマスからフィンドホーンのエッセンスを飲んでいたのを、4月からバッチのプロ講座が始まったため、バッチに一旦変更した。つい先日までバッチをあれこれ飲んでいたのだが、おとといくらいからまたフィンドホーンに戻した。

すると、最後に作ったバッチのブレンドエッセンスのおかげで体と頭がもやもやしていたのが、シャキっとしてきた。うーん。これがフィンドホーンの効き目というやつなのか?
もう1人、バッチとフィンドホーンの両方知っている人がチラっと言っているのを聞いたことがあるのだが、「バッチは自分の問題があんまり整理できてない人にいいみたい」ということだった。

これらのことを整理すると、こんな仮説がたてられる。

人体や人体の周りのオーラは「ヒモ」でできている。ヒモは11次元持っているというのが現在の説だ。mamemai式ヒモ理論では、その11次元の中には時間や空間と関係ない次元が存在するので、過去やあるいは未来の出来事(もしかしたらそれ以外も)がヒモの中に存在している。だからこうしている今現在の私のオーラには私の過去の情報や未来の情報がぎっしり入っている。そしてもちろん私や、私以外の人もその情報を感じとることができる。私たちはそれらの情報をもとに行動したり思考したりしている。

これを前提条件とした場合、バッチエッセンスを飲んだとき、どうなるか。
私の仮説では、バッチエッセンスを飲むと自分の問題(エッセンスを選んだテーマなど)に関係する情報をもつヒモが活発になるなどして強調される。その強調されたヒモの情報を感じて行動したり、思考したりするので、自分が問題としていることと同じようなパターンが周囲や自分に起こりやすくなる。

これが「エッセンスを飲むと似たようなテーマの出来事によく遭遇した」という感想を持つ人が多い理由とも考えられる。

そうして、ヒモが強調されることにより、自分の陥りやすいパターンがその人にとって段々明確化してくる。そして気づきが起こる。みたいな流れで癒されるのだろう。

続いてフィンドホーンの場合はどうなのか?
こっちはまだ理解が難しい。おそらくバッチではヒモが強調されるだけだったが、ヒモ自体のエネルギーのバランスにも影響を及ぼすのか・・・。それとも、バッチでは数多くの関連するヒモが強調されたが、フィンドホーンではより絞ったヒモが強調され、問題の核心にフォーカスしやすくなるのかもしれない。そのせいで気づきがより深いものになり、効き目がすごい、という感想になるのかもしれない。


この秋、マウントフジエッセンスも勉強しようと思っているのでそのエッセンスを飲むことにより、またそれぞれのエッセンスの特徴がわかってくるだろう...と希望する今日このごろ。
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by mamemai | 2006-06-15 19:18 | フラワーエッセンス

とうとうタロットに・・・

ドリーン・バーチューのオラクルカード大好きッ子の私だけれど、最近ユニコーンや女神のアドバイスをなんとなく「ぬるま湯」のように感じるようになった。以前Iriseさんもそんなようなことを言っていたような気がするけど、ようやく気持ちがわかってきたみたい。

ドリーンのオラクルカードの良いところは、全てのメッセージがやさしくて、傷つくのが怖い人でもステキにアドバイスを受け取れるというところ。タロットだと、「悪魔」とか「死神」とか「逆さに吊るされた男(あってる?)」なんかがパッと出てきて、カードを読む人も読まれる人もドキーッとしてしまったりすることがあるからだ。実際私も、死神のカードとかをどうしてもポジティブに考えられなくて、ずっと自分にも他人にもオラクルカードを使ってきた。

ところが、最近は私自身が変化してそういう死神にも対抗できるようになってきたのか、タロットを引いてみたくなってきたのだ。

なんつって、というのもたぶん半分、そしてもうひとつの理由のがたぶん大きい。

実は先日友人に誘われ、霊感占い、というのに行ってみたのだけれど、それはタロットを使う占いだった。でも、タロットを並べて、じっくりリーディングする、というよりは、質問するごとに、どんどんスピーディーにカードを引いていってどんどん説明する、というものだった。だから途中で死神らしきものが出ていても、どんどん上にカードが引かれて重なっていくので、何が出てもあまり気にならなかったのだ。きっとこれは重要なことだ!あんまり絵のイメージに捕らわれてちゃインスピレーションでリーディングできなくなることもあるからね。脳みそ働いちゃうから。そして何より、怖くない!今度こそ、イケる!私はそう思ったのだ。

オラクルカードに出会う前、一度タロットに挑戦してみたけど、そのときは死神とかが嫌だったのと、正位置・逆位置がややこしくてやってられるかぃ!ということで即効挫折した。

そのときは、ウェイト版の超ベーシックなやつ(テキストと一緒になってたと思う。そしてテキストもタロットもすぐにどこかへ消えた・・・)を使用したんだったな!それも続かなかった要因かな!絵がカワイくないもん。アレ。

で、早速カワイイな、と思うタロットを購入し、適当にひいてみた。カードの意味を簡易なタロット解説本で調べてみると・・・、やっぱ、絵が、こ、怖い・・・。「失敗する」とか「挫折する」とかそんなようなことが・・・。そして全然思い当たらず・・・。

そこで、これまで読んできた数秘術の知識やカバラの知識を元に、独自にリーディングしてみたところ・・・、フムフムなるほど、よくわかる。
どうやら私には、この独自の解釈でリーディングするほうが向いている模様。
数秘術やカバラで言われている意味(どちらもタロットと関係あるし)を自分なりに統合し、かつ、それぞれの意味あいを分割していくには、しばらくいろいろ自分でひいてみてリーディングしてみる必要はありそうだけど。

オラクルカードは自由にひいて自由に解釈することを私に教えてくれたので、タロットも自由にやってみようと思う。

ムフ。またおもちゃを手に入れてしまった・・・。オーッホッホッホ。
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by mamemai | 2006-06-06 19:35 | もわわん