花と私とエネルギー


私が感じたことをメモ書きするスピリチュアル日記です。
by mamemai
LINKS

☆エキサイト以外のリンク
mina-cle
日々是平凡なり
サンフランシスコ生活
お気に入りブログ
カテゴリ
ライフログ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

カテゴリ:スピリチュアルな考え事( 92 )


氣を整える


骨、筋肉、筋膜、神経、経絡、脳、エネルギー、(氣)といろいろと学んできましたが、結果、「氣」かな・・・というのが私の今のところの結論。

脳かな・・・というのもあったのですが、脳は影響力は強いものの、脳以前というもの、脳は何に反応しているのか、というところがあって、また、折しも、細胞に関するTVの特集を見ていたら、脳は最後の方にできた器官で、細胞の自立的な動きを脳が全て指示しているとはいえない、なんつーことを言っていたので、となると、脳ってわけでもないのかなぁと。

日本の武道でもきちんと習うと氣と精神、氣と体の関係を教えてくれるのかもしれませんが、私は太極拳や八卦掌という中国武術を通じて、氣と精神、氣と体の関係について感じる機会に恵まれました。

また、アプライドフィジオロジーのセッションでも、神経、経絡、エネルギーを整えるということが、なんだかこころの持ち様、考え方、発想の展開方法にまで影響を及ぼしているような感じを受けていました。

太極拳や八卦掌では、まずは氣を先に動かしてそれに従って体を動かすということを練習します。氣から始まるんですね。「何の気なし」に体を動かしてはいけないんです。
そうしていくうちに、自然の氣を呼び込んできて、動かし、そこに体をついていかせる、ということができるようになり、自然と一体化する動きになるそうなのです。

経絡は念や氣など繊細なエネルギーの影響を受けやすいものです。というか、経絡自体、普通の人が感じられるエネルギー系の一端だと思いますので、オーラなど普通の人が感じないと思っているエネルギーのように随時ゆらゆら変化するわけです。
なので、経絡を整える簡単な方法は、自分の周りの氣を整えることといえます。(ま、氣を整えるのが難しかったりするんですが)

経絡は神経系、筋肉系、よって内臓にも影響を及ぼしますし、神経や筋肉は骨格とも関係ありますし、とたどっていくとやっぱり経絡、つまり経絡以前のエネルギー、氣をきちんとコントロールし、整えることが大切だと考えるに至ったわけです。

とはいえ、あらゆる相互関係の中で、どこかの部分が非常に偏っている場合、氣からだけでなく、その部分に直接的に働きかけることで氣の効果が修正、持続されやすくなる、と言えると思います。
つまり、筋肉の使い方に偏りが出ている場合は、マッサージや筋膜ワークを使って筋肉が氣の反応を起こしやすい状態にしておいてあげることで、本来の自分に戻る早道となるのかなぁ・・・といったところです。

八卦掌まだ1回しかやってないのに、氣や経絡に何か影響があったようで、考え方が急にスッキリしたので、やっぱり流れが整うと幸せ感ってひょっこり出てくるものなのだなぁと感じました。
続けてみてどんな変化が出るか楽しみです。
[PR]

by mamemai | 2011-10-09 12:59 | スピリチュアルな考え事

アイツが来ている・・・


なんか久々に感じた虚無感・・・
暗い・・・ダークネス・・・

な感じを味わっていたわけですが、この感覚はそう!海王星が水瓶座にいたときの感覚。
思い起こせば1990年代後半からつい先日まで私をしっかりと包み込んでいた「生きてる意味がよくわからない」感覚が先週末くらいから急に戻ってきていました。

あまりにも長い間一緒にいた感覚だったので、それが普通だと思っていたのですが、ここ数ヶ月海王星が水瓶座にいない間は、「生きてる意味」とかそういうことを一切考えないイケイケな日々だったので、ここに来て初めて、あの感覚は海王星が着た時に私に出てくる感覚だったのだと気づくことができました。

90年代後半、大学生活も終わりを告げようとするころから海王星の重々しい波長は既に私のところにやってきていて、急に「自分がなぜここに存在するのかわからない」という深層心理中の深層心理がひょっこり現れ出たのでした。

当時は、うら若き乙女で学生でしたし、グラウンディングなんぞ全くしておりませんで、かつ、宇宙のことも知らず、そして、タオでもなかったので、ダークネスな波にあっさり飲み込まれ、悩んだ末、心理カウンセラーのカウンセリングを受けました。

が、泣きながら相談する私に対し「恋人ができれば何かが変わる」というある種予言者めいた、または、全く私の気持ちを読み込んでくれてないとも思われるカウンセラーのアドバイスに、心底がっかりし、そしてそれが、今考えると私の原点とも言えるところとなりました。

誰にもわかってもらえない気持ちをわかってあげられる存在に自分がなろう、と思ったわけです。
太陽や、海、風、大地のように、どんなときもそのままの自分を受け入れている存在になろうと思った訳ですよ。

それから苦節十数年・・・
海王星が去ると共に、上記のような気持ちもすっかり忘れてしまったのですが、、、というか思い出そうとしても思い出せなくなっちゃったんですね〜。不思議と。

でも今回ふたたび、海王星が戻ってきたことで総復習的にアノ頃の感覚を取り戻し、自分の原点を見直すことができました。
しかし、まだしんどいですけどね・・・。海王星来てる状態って。

例えるなら、
海王星のいない状態って、月の光ってる方みたいな感じで、キラキラ〜、私輝いてる〜、イケイケ〜、あげぽよ〜、です。

海王星のきている状態って、そのあげぽよムーンの裏、一切光りの当たらない真っ暗な部分で、「お前にはこんなに冷たくて暗いスポットがあるんや!」と思い知らされるという感じです。

でも、それも自分の一部で、汚いとかそういうことじゃなくて、魂の持っている願いや叫びみたいな感じなんです。

だから、この期間に丁寧にこの感覚と向き合って、これからの自分の指針にしたいと思います。
[PR]

by mamemai | 2011-08-01 21:43 | スピリチュアルな考え事

海王星水瓶座時代を振り返る


・・・早い!

振り返っちゃってますけど、まだ海王星水瓶座時代終わってません。
終わるのは2012年らしいです。

この海王星が水瓶座にいらっしゃったのは、1998年頃のことだそう。

海王星が自分というものを見えにくくする星であり、深い部分にあるものに触れてくる星であることを踏まえつつ、1998年頃からの自分を振り返ると・・・。

そう、私が自分とは何だろう、とほぼ初めてまじめに考えたのが1996年ごろ。海王星が水瓶座のドアをノックノック♪している頃だったのでしょう。そして、同年、自分なんて何の意味もないチッポケな存在だ!と思い、人生に絶望し、そのまま最悪な状態で1997年を通過し、1998年を迎えたわけです。1998年〜2003年頃までは、人生に絶望した状態でクサクサ過ごしていました。が、2003年頃は絶望なのは変わらないものの、遠〜くの方から変化の足音が聞こえ始めたころでした。

で、そうこうしている間にスピリチュアルというものに出会い、あ!私が探していた答えはここにあった!と思って、絶望からまんまと抜け出し、今に至るわけです。

絶望時代は、バッチフラワーエッセンスを選んでも「消極的な自殺」とも言われるクレマチスばっかり選ばれていました。

フィンドホーンのマリオンのセッションでは、「今回の生では絶望を体験するためにきたのかもしれない」などと言われ、輪かけて絶望しそうになったのを覚えていますが、捻れ体癖だったために、ナニクソ精神でなんやかんや大丈夫でした。

しかし今にして思うと、マリオンの言っていたことも、そうなのかな、と思えたり。こうして、自分がなんだかわからなくなって、真っ暗闇の生活をしたからこそ、ここに至っているのもあり。海王星が去ろうとしているこの時期、不思議とハッピーで安らいだ気持ちが訪れ始めているのを感じると、・・・単なる星周りだった!?とか思っちゃいますね。

ていうか、ほんと単なる星周りだったのでしょう。

今回の生で、海王星が自分の星座に来ない人もいることを考えると、やっぱり運命ってできすぎてるって思いますね。

今読んでいるエネルギー療法の本によると、発達途上の生物はあらかじめ準備された鋳型にそって生長しているという考えが書いてあり、その鋳型は例えばエーテル体などにあると言います。
これは生物の物理的な身体や形の発達について言っていますが、この理論を発展させると、もっといろいろなことがいわゆる鋳型にそって進んでいるのかなぁと思いました。

だから、こういう風に海王星が自分の星座にきて、去り、そこでの経験というのも、鋳型どおりのことだったのかなぁと思っちゃいました。

・・・しかし、海王星が去り始めると、ほんとスッキリしてくるな〜。
自分っつーものが、パキパキわかりはじめる。というよりも、海王星前のように、そんなこと気にも留めないどーでも良いことになりつつあるな〜。
でも、前後では同じ「どーでも良い」でも深さが違くなってしまったけれど。
[PR]

by mamemai | 2011-01-24 22:35 | スピリチュアルな考え事

新しいレッスン


いよいよ来週から新しいレッスンに通い始めます。
といっても、長いコースじゃないので、1ヶ月で終わりますけれど。

今度は整体を含めたセルフボディメンテナンスの講座なのですが、フェイシャルリフレクソロジーのときに軽く解剖学やらに触れましたが、今回も解剖学から始まり、肉体構造についてもう少し深く入っていくのだと思うので楽しみです。

オーラヒーリングやフラワーエッセンスのようなエネルギーヒーリングをやっていると、高次のエネルギー次元でのことばかりが重要と思いがちですが、やっぱり相互に影響を与えあっているものなので、体への理解が我々全体への理解へとつながっていくと確信しています。

この講座で使う課題図書と、おすすめ図書のリストが送られてきたのですが、全5冊中半数以上の3冊が既に持っている本でした。

野口晴哉の本なんかも入っていて、「やっぱりこの講座を受けようと思ったのは偶然ではなかったなぁ」と思いました。

最近私の周りでのシンクロお知らせ機能は、自分のハイアーセルフに口酸っぱく言い聞かせただけあってか、しつこいくらいに「これだこれだ」とお知らせしてくるので、わかりやすいです。

これまでは、偶然風の出来事が1個くらいあって、「もしかしてこれってシンクロかな」なんて思っても、少し時が経つと、「いや、単なる思い過ごしだったのかもしれない」などという思考が働きはじめ、シンクロの指示どおりにやらなかったりして、回り道することもありました。

でも最近は、「こっちの方角へ行こう」というシンクロのお知らせが1個起こると、そこ始まりで、同じ「こっちの方角へ行こう」とお知らせするシンクロが何個も起こって、「・・・しつこいな」と思うくらいです。

とはいえ、私はこれまでハイアーセルフに常々「1個くらいのお知らせだと、それが本当なのかわからないから、本当に何か伝えたいときは、しつこいぐらいにやって」と言ってきたので、ここにきてそれをハイアーセルフ(ま、自分の潜在意識なのかもしれませんが)が会得してきたと思われます。

ハイアーセルフといえば、自分の高次の存在でなんでも知っているから、こちらからの指示なぞを聞き入れないのかと思う方もいるかもしれませんが、ハイアーセルフと肉体意識の自分もお互いに情報をやりとりしているそうです。

お互いにお互いの経験をフィードバックしたりすることにより、変化していると聞きました。

お互いエネルギーであるのですから、それもそうだな、と思いました。

ということで、ようやく私のハイアーセルフも、私の言っている通りに、しつこいくらいに、そっちにいくまで言い続ける、というお知らせ方式を取り入れたようです。

一方で、「人は見たいものしか目に入っていない」とも言われますので、これまでの私自身がハイアーセルフからのお知らせを多数見逃していたということもあると言えるかもしれません。
自分自身がクリアーになって、目的意識がはっきりしてくると、しつこいぐらいにお知らせを発見できるようになったとも言えるでしょう。
これも、日々の精進と、おそらくは、海王星が動き始めて自分がはっきり見え始めてきていることも影響しているのではないかと思われます。

いろいろなことがフクザツに影響しあって、今という流れの中にある。

宇宙にとっては、全ては想定どおりで予定どおりの成り行きなのかもしれません。
[PR]

by mamemai | 2011-01-10 16:03 | スピリチュアルな考え事

今年の学びいろいろ 後半編


今年、ちょうど転職したころぐらいの時期から、私のもとに訪れた新しいステージ。

そのステージでの学び、つまりそのステージへの適応は現在進行形で続いていますが、少し落ち着いてきたようでこのステージをぐるっと見回す余裕が出て来たようです。


このステージでは、

・自分の思考と自分とを分ける
・ハラに重心をおく

ということが繰り返し繰り返し登場してきます。

「自分の思考と自分とを分ける」というのが一番わかりやすく登場したのは、
「ニュー・アース」という本に出会ったことでした。
それとほぼ同時期に、「考えない練習」という本に出会い、また、心理学のACTセラピーというものにも出会いました。

これらは全て、「自分」であると思っているものは「自分の思考」であることに気づき、思考や感情が起こっている「場である自分」を感じよう、ということについて書かれています。

「場である自分」を意識するようになると、物理的な次元で繰り広げられているストーリーと、それではないものに気づくことができ、場で繰り広げられていることにあまり振り回されなくなります。
心の平安、覚醒とは何か、ということについての気づきに近づいていく感じがします。

「場である自分」と「自分だと思っている思考や感情」についてもう少し解説しますと、紙芝居を想像していただくと幾分わかりやすいかと思います。
紙芝居は、紙の中にさまざまなストーリーが描かれており、私たちは、通常そこに描かれているストーリーの展開に意識をおいています。
このストーリーが「自分の思考や感情」で、ストーリーが描かれている紙が「場である自分」です。自分の本質は紙つまり「場である自分」であり、そこに描かれているストーリーではない、ということですね。

ちなみに、紙芝居をめくっているおじさんがいるとしたら、それが「大いなる流れ」ということになるでしょうか。

さて、次に「ハラに重心をおく」については、11月くらいから登場してきたことで、いわゆる丹田に重心をおくということです。

今までも「丹田を意識せよ」とか「丹田に氣をためよ」などとはしばしば言われており、自分ではやっているつもりでした。

が、実際はできていませんでした。
また、なぜ、ハラが重要なのか、ということも理解していませんでした。

そんなおり、アロマの勉強で訪れたスクールで、ハラがなぜ重要なのか、そして、最近通っているヨガでは、ハラに氣を据えるという正しい姿勢について知ることができました。

私の今までの姿勢では、鳩尾だけに力が入っており決してハラには力が入っていなかったことがわかりました。
正しい姿勢をとると、自然とハラに力がこもります。
ハラに力が入ると、自ずとグラウンディングするべく脚/足がしっかりと大地に立つようになり、そして、そこからひき上がった力がこれまた自然な形でクラウンチャクラから抜けているのがわかりました。
要するに、大地と天とが自分の中でつながるのがわかったわけです。

姿勢って重要です!

これにより、いかに、今まで第1チャクラと第2チャクラを無視していたかがわかり、無視してたな〜と思っているや否や、そこに溜め込まれていたギスギスしたエネルギーが発散され始めて、しんどいです。

人にもよるとは思いますが、第1チャクラと第2チャクラに関係する出来事が周囲で起こり始めると、ほんとしんどいですよね〜。物理次元において割と自分の根幹に関わる出来事で真っ暗な部分が出て来ちゃうわけですから。

と、そんな感じで、2010年も終わりに近づいている中、最後のドロドロを吐き出し中です。

めげずにがんばりたいな〜といったところです。
[PR]

by mamemai | 2010-12-12 13:35 | スピリチュアルな考え事

シンクロがすごい

といっても、シンクロナイズドスイミングじゃないですよ。

「シンクロにしてぃ」の方です。

でもこういうのってシンクロっていうのでしょうか。

一般的なシンクロは、クレドンとかデジャビュっぽい感じで起こってくるものを言ってるように思います。

私の場合は、なんていうんだろう、人生の流れがミステリードラマみたいたくさんの伏線を含んでいて、「あ、あそこでこうだったのはここでこうなるからだったんだ」ということが、ズダダダ〜とつながってわかってくるときがあります。

それはチャチなミステリーとは違い、「え?あれが、これとこれとこれ、それにあれにも関係してきてたんだ〜」みたいに、ひとつのことが、いくつものことに紐づいていて、ビックリします。

でも、その「わかる瞬間」は頻繁にあるわけでなく、結構長い期間、なんだかわからないでいることがあります。そういうときは、道に迷っているような感覚です。そしてある時、急に「謎が全て解けた」みたいになるんですね〜。

今回も、しばらくモヤっとしていましたが、ここにきて急にこの3ヶ月くらいのモヤモヤの意味がわかりました。
フラッシュバックするみたいに。

わかるとスッキリして、またやる気がおきます。

人生とはそんな繰り返しなのかもしれませんね。
[PR]

by mamemai | 2010-11-09 23:42 | スピリチュアルな考え事

SHAMANIC TEST


最近、「明らかにこれ試されてるよね?」っていうことが続々と起こっている・・・。

それは、ささやかな決意に対しての事柄だけでなく、そう、私が最近した大きな決意、「パートナーシップの段階へ進む」ということに対する試しが起こってきています。

ま、これが結構・・・なんつーんですか・・・凹み系のハードルだったりするわけで。
やっぱり「次の段階へ移る」って大きな変化なのね、と思ったり。

f0017070_179862.jpgで、「なんか深い部分にズッシリくるな〜」ということが連発して起こってきているので、どうしたらうまく切り抜けられるかと、最近お気に入りの「セルフ・セラピー・カード」で見てみました(^^;

すると・・・

「SHAMANIC TEST(試練)」

というカードが出ました。

解説を見てみると、まずはカードを手ではじき飛ばしてみて、表が出るか裏が出るかで意味が異なる、と書かれていたので、早速やってみました。

裏でした。裏、つまり表が下になった場合、「次の高度なレベルのテストに直面している」とのこと。なんせ、高度なレベルのテストなので、これに失敗すると「世界が崩壊したかのように感じるでしょう」とのこと・・・。こえぇぇ。
大いなるものの導きに従い、乗り越えましょう、ってことでした。
そして最後に「頑張れ!」と書かれています・・・。

頑張れ言われても!

そんなに大それたことやったんか!

ということで、早速ハイアーセルフ及びワンネスに「ということで助けてね」とお願いしたところ、フラワーエッセンス飲も!という気持ちになったので作ってみました。

今回は、この高度なレベルのテストをまんまとクリアできますように、ということで選びました。

フィンドホーンから
 デイジー(つねに自分を失わない)
 ジャパニーズチェリー(スピリチュアルな存在との回路を取り戻す)

マウントフジから
 アカツメクサ(例え周りが嵐でもセンターに留まり続けること)
 イカリソウ(人生の目的と情熱の具体化)
 トネアザミ(不遇に負けない力)
 フジ・つぼみ(変化による衝撃から守る盾)
 マルバアオダモ(不必要な防御を取る)

恐いよ〜。何このラインナップ。いつもと全然違うよ〜ぅ。
何かが起こりそうな匂いがプンプンするラインナップだ。

こわやこわや。
しばし瞑想にふけるとするか。
[PR]

by mamemai | 2010-09-05 17:12 | スピリチュアルな考え事

失うことへの恐れ


最近ハマっているビジョン心理学のチャック・スペザーノの理論だと(「チャック・スペザーノ博士の『幸せな子ども時代を取りもどすのに、遅すぎることはない』」 などに書いてある三角形の成長模型)、自立(真実ではない男性性)の段階の次にくるのは「パートナーシップ」の段階だそうです。
ちなみに一番最初は「依存(真実ではない女性性)」の段階です。

私はこの「パートナーシップ」の段階に入ることから、たいそう長い間逃げ続けてきたのではないか、と思い始めています。
というのも、先般紹介した「30日間で理想のパートナーを見つける法」の中に書かれているさまざまなワークを実践していると、どうもそうとしか思えなくなってきたのです。

私はもうずいぶん長いこと、「ひとり」でいることを尊重してきたのですが、一方でそのことでいろいろ悩んだりもしていました。葛藤はあったわけですね。
「ひとり」を尊重していた大きな理由として、自分がわかっていたのは、「自分の自由を奪われるのではないか」という恐れがあるということでした。

なので、パートナーシップの段階に進むにあたり(進むと決めたので)、その恐れを地味に取り除いていたわけですね。すると・・・、なんとその恐れはカムフラージュ、というか、スペザーノ的な見方でいえば、「成長させないための自分で作った理由」で、その恐れ自体の本気度はあまり高くないことがわかってきました。

で、その恐れの下にねっとりがっちりばっちりべったりくっついていたのが、「失うことへの恐れ」でした。以前にも何回か取り除いたことはありますが、結構深くまで入り込んでました。

まー、とにかく「失うこと」を強く恐れていたので、誰とも親密にならないようにしていたのでした。私の中に「親密になればなるほど失うときに痛い目みる」という考えが染み付いていたからです。

でもスペザーノ的に言えば、そんなのは「全部ウソ」です。「成長しないためのとってつけた言い訳」にすぎない、ということらしいので、ブレイブリーにこの「失うことへの恐れ」を捨ててみました。いつものぶん投げ、背負い投げ、一本背負い式ですね。
すると、「失う」なんてことはないっていう理解がスルリとどこかから降りてきて、誰かともっと親密になっていきたいという気持ちになってきました。

「失うことへの恐れ」といえば、経絡でいうと「肺・大腸経」が乱れているときに出る感情だったりしますが、だから大人になってからは便秘症だったのかしら。。。原因不明の喘息になっちゃったこともあるし。第一、喉がすぐ枯れちゃうし。

でも捨てたからもうだいじょうぶかな・・・。残骸が残っていないかよく見回らないと!

ということで、このスペザーノ式の「・・・というのは全部ウソ」とか、「・・・というのは単なる言い訳」っていうのは結構使えます(笑)
ネガっぽいことが頭をよぎったら、大体全ての事柄の末尾にこのふたつをつけるといいと思います。
サロンのブログで今度このことについてもうちょっと書いてみようかな〜。ブツブツ・・・。

そんな感じです。
[PR]

by mamemai | 2010-08-07 22:07 | スピリチュアルな考え事

MOTHER


以前にも書いたかもしれませんが、今年になってから霊能者のQちゃんに「あなたはオカンになる人」と予言されました。

パートナーも今のところいないし、オカンになるような可能性・・・ナス。

だったわけですが、ここにきて突然、「オカンになる人」の意味がわかりました。

最近、霊的な原則とか、自分の世界を自分で創り上げていることとか、そういうことをちょこっとアドバイスというか教えてあげる機会があったのですが、恐れや失望などなどから拒否反応を起こす人が結構います。

まずは、否定する、ってやつですね。

相手が恐れから言っていることだとわかっているので、黙って聞いていますが、静かに観察していると、相手は私を攻撃しているようで、実は自分を攻撃していることがわかってきました。

今までは、「言われたら言い返す」で必ずといっていいほどパワーゲームになって、勝った負けたで終わったのですが、言い返さない素養を身につけたら、意外なことがわかってきたというわけです。

こんな風にできるようになった理由のひとつには、「恐れ」から出てくるもののパターンにどんなものがあるのか知ることができたからです。

何かしらの恐れがあると、大体攻撃するか、失望するか、無気力なるか、聞こえないふりするなどなど、表現方法が異なるだけで、一旦拒否反応を示して、目の前に差し出されたものを受け取らないようにします。

で、ほっとくと、あとでそっと取りに来たり、あるいは、そのまま何ヶ月何年もの間ずーっと無視し続けたりする場合もあります。

こんなパターンがわかってきたので、では私はどうしたらよいのか、とふと考えました。

これまでは、どちらかというと相手と同じ土俵にたってがっぷりよつに戦って、打ち負かすことによってこちらに来てもらう(強制サレンダー!?)だったわけですが、結局それも私自身の中の恐れが原因だったわけです。
その恐れがなくなってくると、「同じ土俵でがっぷりよつ」だとダメな気がしてきました。

もっと大きな目で見守ってあげる姿勢が大事なのでは・・・と。
そして、どんな恐れの行為も受け入れてあげる素養が求められているのでは・・・と。

つまりそれは、「霊的な母」ではないのか、と思ったわけです。

「オカンになる」という声が頭の中に急に響き、「あー、そういう意味だったのか」となんだか急に納得。

もちろん、現実生活でも母になるように勤しみますが、いただいたあの言葉にはいろいろな次元での意味があったのかなぁと思う今日この頃です。

霊的な母、女神でいうとマザーマリア・・・かしら!?
に変容するよう、がんばりふ。
[PR]

by mamemai | 2010-07-31 14:17 | スピリチュアルな考え事

さて、何が起こったかというと・・・


前回更新の日付をみると、屋久島から帰って1ヶ月くらい経ってしまったのか。

この間更新を控えていたのは(サボっていたのもある)、結論が出てから書いた方がより面白かろう、と思うことが起こっていたからなわけで。

振り返ると、屋久島に行く前の記事では、何かの変わり目であることをなんだか自分でも感じていたことはわかります。
そしてフラワーエッセンスを久々に飲み始めて、「手にしたもの全てを捨てて、自分の本当の望みを知る」ように動き始めたわけです。

エッセンスボトルを片手に折しも新月の日に屋久島へ行き、澄みきったエネルギーの中で一応新月へ念を飛ばし、奥岳のハイパワーピラミッド群の中で一応瞑想し、屋久島の山、海などの神々の地を巡り、白谷雲水峡トレッキングでは、一人で道を進むということのパワーを取り戻し、やれやれ楽しかったな〜・・・

と、屋久島で迎えた新月からの満月に向かっている中、突然古い友人からの連絡が・・・。

そして、なぜか天王星が移動し満月であるというパワフルな日に、私の長年の望みを叶えてくれるようなオファーがやってきたのでした。

簡単にいうと、転職ですね。

私はこういうスピリチュアルな勉強やら、フェイシャルリフレクソロジーやらいろいろやってきて、こういう今まで学んで来たことを活かせるような職につきたい、と思っていたのですが、現職は全く関係ない職種でした。

自分でヒーリングサロンもやるようになってからは、現職では学んできたことを仕事として活かすことはできないだろう(テクニックとしては使ってましたけど)と思ってあきらめていたので、すっかり仕事で活かそうなんてことを思うこともなくなっていました。

ところが、友人がひょっこり持ってきた話は、私が公私でこれまで学んで来たこと全てを最大限活かして行えるような仕事でした。
全くもって不思議なのは、その古い友人とは、最近はほとんど連絡もとっていなくて、最後に会ったのも誰かの結婚式程度で、ちょこっとたわいない世間話くらいしかしていなかったのに、この仕事の空きが出たときに「おまえが頭に浮かんだ」と言ったことでした。

ましてや、連絡してきたときには、私がヒーリングをやっていることもすっかり忘れていたそうで、ヒーリングをやっていることを再度知ってますますピッタリの仕事だから是非来てくれ、ということになったという・・・。

引き寄せちまったな。こりゃ。

手に入るときは、全く予想もしなかったところからやってくる、というのは本当ですね。自分ではよもや思いつきもしない経路でやってきて、かつ、思いつきもしない仕事でした。

給料もほぼ希望どおりの金額でとおり、何の困難もなく、さらっと決まってしまいました。

あまりにも望んでいたこと過ぎて、そしてあまりにも簡単に手に入りすぎて、恐ろしくて受け取るのを止めようかと何度か迷ってしまったほどです。

レバナ先生が、「自分で望んでいたものがいざ目の前に現れたときに、それが自分が望んでいたものだと気づかないで通り過ぎてしまうこともあれば、気づいても受け取らないことがある」と言っていましたが、まさにその現象になるところでした。

カフェでコーヒーを注文して、出て来たコーヒーを受け取らない人はいないのに、エネルギーの世界だと同じことをしても急に恐ろしくなって受け取ろうとしないなんて。オーラの中にある何かの画像のせいだな、と思いました。この際それも取り除いて、欲しかったものは素直に頂戴することにしました。

この先どんなことになるのか、ワクワクしますが、一方で今回は少し武者震いもしてます。
まー、とにかく全力でがんばるしかないね。
[PR]

by mamemai | 2010-06-19 14:28 | スピリチュアルな考え事