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花と私とエネルギー


私が感じたことをメモ書きするスピリチュアル日記です。
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もう人助けはやめた


先週から今週にかけて起こった出来事から、私は「もう『人助け』はやめよう」と思いました。

これはどういうことかというと、例えばこんなイメージです。

社会の窓が開いている人がいたとします。(昭和な表現方法・・・)

今までの私なら、まずは開いていることに気づかないふりをしてあげたり、さりげなくその人の社会の窓が他の人から見えないような位置に立ってあげたり、その人が自分の社会の窓に意識が向くように仕向けたりしていました。
あるいは、「社会の窓が開いてますよ」と言うが早いか、その人の社会の窓を私が閉めてあげるぐらいの人間でした。これが私の思う「人助け」像でした。


でも、そんなことは、もしかしたら私の余計なお世話で、当人はそんなこと別にどうでもいい、もしくは気づいていないんだから無事なんだ、と思ったからです。

なんとかして助けてあげなきゃ!なんていう、自分の勝手な思い込みで、あれやこれやと動き、ましてや閉めてあげようとするなんて、なんか違うと思いました。これは別に、人助けじゃない、当人のためだけならず、自分のためにもなっていないと思いました。

だから、これからの私は、こういう社会の窓の開いた人との付き合い方を変えてみようと思った訳です。


どう変えてみるかというと、まずは基本、ほっときます。

で、「私、なんかおかしいと思うんですけど、どう思います?」と聞かれたりした場合には、「しいていうなら、社会の窓が開いてることが気になりますけど」といった感じにします。

要するに、本人が何か聞いてきたり、助けを求めて来たら、助けます。
何も言われないのに、勝手に気を回して「この人は助けを求めてる!」なんつって、何も言われても、合図もされてもいないのに助けることはしません。なぜなら、助けて欲しいと思っていない可能性が高いからです。

本当に何か変化を求めている人は、自分からアクションする。私に助けを求めるかもしれないし、自分でちょぼちょぼ何かをし始めるかもしれない。だからわかります。

でも、それ以外の場合は、単なる「エネルギーの自己発散(簡単にいうと、愚痴とか)」に過ぎず、どうにかしたいと思っているわけではないのだと発見したのです。なので、愚痴を聞いてくれる人間は必要だが、実質的なヘルプはお呼びでないということが多いということがなんとなくわかってきました。

今までは、しゃしゃり出ていって、頼まれてもいないことをやって、「みんなが望んでいることを代わりにやってあげているのに、あれ?どうしてみんな不思議そうな顔して私を見ているんだろう」なんて思っていましたけど、それはわからないみんながおかしいのではなく、私の勘違いでした。

ということで、来週からは、余計な人助けはやめて、自分のやりたいことに集中しようと思ったのでした。

by mamemai | 2009-06-27 13:19 | もわわん
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